最初‘ホ・オポノポノ’のその言葉を教えていただいた時には、あなたたる方がどうしてそんなことを私に・・・という思いが先にたち、素直には受け入れることができなかったのです。しかし、少し気にはなったのでその言葉と‘ホ・オポノポノ’という名前を講義のノートの上端にメモしておいたのです。その後ひょんな所でその名前が書かれている本に出会い、どこかで見たことのある名前だと記憶をたどってそのノート思い出し、確かめ、その本(あなたも魔法使いになれる ホ・オポノポノ Banksia Books)を借りて軽く読んでみたのです。しかし、それらの言葉は心の中で障りとなっている人に向けては決して言えない言葉です。その人へのわだかまりが強ければ強いほど唱えることなどできない言葉です。

その後治療教育の講座で指導いただいてきた方からも子どもの治療でご相談した折、その言葉が紹介されました。しかし、それらの言葉は決して他者に向けて唱える言葉ではなく、ただただ自分に向けて唱えるだけでよいということ。そしてそれは「南無阿弥陀佛」を称えることにも通ずるのだということを教えていただきとても深く腑に落ちたのです。

その後 “ホ・オポノポノ”については既に多くの人に知られていることだということがいろいろなところでわかりました。それで一度正面切って向き合ってみようとおもい厚めで読みやすそうな本(ハワイの秘法-ジョー・ヴィターリ、イハレアカラ・ヒューレン PHP)を買って読んでみました。

1人の心理学者がその病院に勤務したことをきっかけに、ハワイの州立病院から、精神的な病気が理由で、殺人のような重い罪を犯しても「責任をとる能力がない」と判断された人が収容されている「触法精神障害者収容病棟」病棟が消えた

というような現実には信じられないようなことがおきたというのです。

現在はその心理学者、イハレアカラ・ヒューレン博士がその手法によっていろいろな問題解決に当たっているというのです。

唱えることは自分に向けてではあってもそれが自分の潜在意識に影響を与え、意識下においては人はすべてつながり合っているので他者の潜在意識につながって本来の在るべき姿に戻されていくのだというのです。

「すべてのものはつながっている」。それはシュタイナーによる壮大な宇宙の進化をも彷彿とさせるのです。

人間存在のその源を遡っていくと崇高な存在たちの「意志」の流出から生じてきたものであるという。進化の過程を経てすべてを包含した熱存在となり、その熱存在がさらに進化を遂げて現在私たちが感覚で捉えることのできる存在である鉱物、植物、動物、人間を初めとして感覚で捉えることのできないあらゆる存在にもつながってきているのだというのです

そして、今年の言葉は「絆」でもあるということです。

上京中はいつものように増上寺の宿坊、増上寺会館にずっと泊めていただきました。先回は中にはいってお参りできなかった徳川家の墓所がその日は折りよく、一般公開されていました。それで会議が終わってすぐにお参りさせていただいてきました。

入り口で入場料を払うと切符の半片と一緒にずしりとした手ごたえのあるものを渡されました。なんだろうと思って墓所の中にはいって見ますと「徳川将軍家旧御霊家絵葉書」と書かれた封筒です。中にはモノクロ絵葉書11枚と、当時の増上寺境内の地図が入っておりました。NHK大河ドラマ「江」への増上寺の心配りなのでしょうか。思いがけなくも、なんと時宜を得たうれしい心配りでしょう。その配慮におもわず笑みがこぼれてしまいました。

戦災で焼かれる前の将軍の御霊屋はそれぞれがなんと立派だったことでしょう。その絵葉書によると2代将軍秀忠公の素晴らしく立派だった霊廟も木造だったので戦災で焼かれてしまい、今は徳川家将軍家霊廟の正面右奥に他の将軍家の方々のむき出しの宝塔と並んで正室・お江の宝塔に一緒に祀られてありました。

何気なくつけたテレビで運よく、その大河ドラマの最終回を見ることができました。最終場面を見ていると、秀忠やお江のありように、原作者であり脚本家の田淵久美子さんと私たちの整体の師で年に何度か福井で講座をもたれていたその夫である岡島瑞徳氏との夫婦としての在りようを重ね合わせているように見えてきました。

あの戦国の理不尽なことだらけの世の中で、ただただ世の太平を願って生き抜いたという女性たちの一人、そのお江と秀忠公の振る舞いや言葉を借りて、田淵久美子さんは現代にも通じるお互いを思いやる理想的な夫婦をご自分たちのその素晴らしかったという夫婦生活を重ね合わせて映し出し、心憎くも私たちに示しているように思われたのです。

何をおいても、まずはそうした幸せな夫婦のもとへ子どもたちを迎えたいものです。