部屋の掃除をしていて、最初は今日はこの部屋を掃除しなければ。しかし今日はこの部屋しかできない(したくない)と思っていても、掃除していて部屋を出た廊下だけでもついでにちょっと手を伸ばしてやっておきましょうと思う心が、次の日にはその廊下につながる部屋をも難なく掃除ができ、掃除をした後の心地よさが毎日の習慣になるとそれほど時間もかからなくなり、快適に過ごせる喜びが億劫さを感じさせないようになるのです。

そうしたことが自分に習慣付けられてくれば、不思議なことにそうせずにはいられなくなってくるのです。“案ずるより行うが易し”なのかもしれませんね。

兄が高校に通うようになり、はじめて福井に下宿をさせていただいたときのことです。その下宿のおばさんは、いつも必ず決まった時間に決まった手順で家の掃除を始めるのだそうです。兄はよほどそのことに感心したのでしょう。家に帰って家族にそのことを話していたことが今でも心に残っています。そのおばさんはきっとそうした生活が整い、習慣化し、そうしないではいられなくなっておられたのでしょうね。

このことは人生の困難に立ち向かわなければならないときにも通ずることのように思われます。最初の勇気がとても大切なのです。その勇気を一歩踏み出して自分に引き受けて課題をやり終えることで、その仕事の結果がどうであれ、その結果をすべて引き受けてよしとしてくれる、それが「ミカエル衝動」というのだそうです。そのことを教えていただいていても、自分で自分のこととして理解できたのはずっと後になってのことでした。観音力といわれていることにも通じることのようです。

「生活を整えたい」。そういう思いが初めの一歩を踏み出し、踏み出して取り組むなかで、自分の思いを超えた世界の大天使ミカエルや観音力の応援がいただけ、そうしたなかで心も整えられてくるそのように思われます。

仕事をお持ちの方は、なかなか時間に追われてできないことも多いと思います。私も仕事を持っていたときは、寺と保育園と子育てと、今思うと若かったからできたことだろうと思うのです。ですから家の整理をしようと思っても、いつも気になりながら自分の思うようにできることや使える時間がほとんどなかったものです。

ですから、それぞれにあった状況の中で、それぞれができる範囲のなかでちょっと努力をしてみる。そんなことから始められたらどうでしょう。

今は、私はなんの支障もなく自分の思いのままに何でもできる状況にあるようなのですが、やるべきことが多くあったり、出かけることが続いたりすると何かとつかえが出てくるものです。

しかし、やらなければならないことが思うようにできずに気にかけたたま過ごさなければならなかったときに比べて、ずっとできることも多くなり、私の心は以前に比べてとても喜んでいるのです。そして最近では、両親との関わりのなかながら、孫たちのための生活をそれなりに整えることができるようになりつつあるのです。

次回では子どものいる暮らしの衣、食、住の生活のなかの「食生活」を整えるについて考えて見たいと思います。