我が家では、娘が「何それー、気持ち悪い、食べたくない」と言うと、私と夫で「あ、そう? よかったー、ママとパパの分が増えるねー。」と言って喜んで食べ続けます。そうすると、あれ、そんなに美味しいのかな、食べてみようかなと思うらしく、「一口食べてみる」と言います。そうやって食べてみて大好きになったものの例は、焼き魚、えび、サーモンの刺身(好きにならないほうが安上りだった!)、アボカドなどがあります。

それに加えて私は「嫌だったらベーしてもいいから。」と言います。いったん口に入れたものを出すことは大変お行儀が悪いのは承知です。でも、うっと吐きそうになるようなものを無理やり飲み込むことほどつらいことはないと思うので、行儀はもう少し大きくなってから教えることにして、ベーしてもいいよと言っています。実際べーと出してくることもありますが、それ以上に「あら、美味しい」ともっと欲しがることのほうが多いです。もし出してもいいという安心感がなければ食べてみようかなという気にはならないでしょう。

周りの人が美味しく食べている姿を何度も何度も見る

繰り返しますが「食べなさい」とも「食べてみたら」とも言わないでひたすら食卓に出すだけとサターは言います。それを周りの人が美味しく食べている姿を何度も何度も見せるのです。それが大人だけでなく、同じくらいの年齢の子どもだったりするとなおさら強力です。家では野菜嫌いなのに、保育園の給食では食べられるという子も多いですね。

食べる楽しみを見失っているのは大人のほう

元はといえば、食べ物との関係において、混乱し、四苦八苦しているのは大人のほうです。飽食の現代、体の声を聞くことはますます難しくなっています。食べ過ぎたり我慢しすぎたりして、豊かになったのに健康度はダウンしているかのようです。大金をかけてダイエットしたり、サプリメントを飲んだり。お腹が一杯でもデザートは別腹と食べ続けたり。野生動物のように適したものを適量食べるという本能はもうとっくに失われたようです。

ダイエット法だけでもそれこそ五万とあり、あふれる情報に右往左往。そして私たち大人の多くは、食べ物との関係が感情と思考に左右されています。甘いものをご褒美や慰めにしたり、逆に食べ過ぎてしまったと自分を責めたり。また、野菜は体に良いから食べる、肉や揚げ物は太るから我慢するなど、頭で食べていることが多いです。

にも関わらず、子どもには「野菜は健康にいいけど、ハンバーガーとフライドポテトは不健康」などと教えても、子どもはますます混乱します。「本当は食べちゃいけないけど」なんて子どもはどう受け取ったらいいのでしょう! そんなに悪い食べ物なんてあるのでしょうか。ハンバーガーも野菜をたっぷりはさんで、おいしいねって、家族みんなでほおばれば、心もお腹も栄養で満たしうるのです。

いま一度エレン=サターの提唱する責任分担を見てみますと、大人は「何を、いつ、どこで」食べるか決めるとあります。つまり、それから先、「食べるか食べないか、どのくらいの量を食べるか」は完全に子ども本人に任せるのです。しかしこれだけでは、子どもが好きなお菓子ばかり食べるのではないかと心配されるでしょう。でも大人が「何を」を決めるのですから、いくらクッキーが好きでも断固夕食にクッキーは出さないわけです。

満足して箸をおけるように献立に思いやりを

エレン=サターはさらに、子どもが苦手そうなものや初めての食べ物を出すときは、その子が食べ慣れているものを献立に加えて、子どもが空腹のまま食事を終えることがないようにすると助言しています。焼き魚は食べられなくても、ご飯と味噌汁は飲める、という状態を作ってあげるわけです。

ショートオーダークックにならない

反対に絶対にしないことは、子どもが焼き魚を食べたくないと言ったときに、それじゃと立ち上がって台所からチキンナゲットを出してくることです。英語でShort Order Cookというと、バッフェなどで目の前でパッパと作ってくれるシェフのことを言いますが、子どもの注文(文句)を受けて別の一品を作るショートオーダークックにならない、ということです。これをやると子どもは食べたくないと言えば好きなものが出てくることをすぐに学習します。あくまでも「何を」は大人が決めることであって、決めたら子どもの反応にあわせて変えないのです。大人が枠組みをつくり、子どもはその中で食べるか食べないか、どのくらい食べるかを決める権限が与えられているという構図です。

食卓に平和を!

このように大人と子どもがお互いの責任領域を犯すことなく、完全に相手を尊重して責任分担できれば、食卓に平和(!)が戻ります。食べることが純粋な喜びであり続けるのです。いかに食べさせるかに必死で戦場のような食卓では、食べることが楽しく快いという一番の基本を子どもに教えることが出来ません。一時的には多少栄養が偏るかもしれませんが、長い目で見たら、個人の健康にとってこれ以上大事なことはないのです。

だいたい栄養のためと親に無理やり食べさせられて、嫌な気持ちやうっと吐きたくなる感触さえ味わいながら胃に送り込んだ食べ物が、体に良い作用を及ぼすでしょうか? 

エレン=サターは問います。
牛乳ときいて何を連想する? カルシウム? それとも、チョコチップクッキー?
日本的に言えばこんな感じでしょうか。緑茶と聞いたら、何を連想する? カテキン? それとも大福?

みんなで食べる楽しみを知ることが一番の食育

食べることは本来体に心地よく、楽しいことである。栄養学も様々なダイエットや健康法も栄養素の名前や数字だけが一人歩きして、食べることから楽しみを奪ってしまっている。それでは私達はますます不健康になるだけだと。

そして食べる楽しみと並んでもう一つ重要なのが、家族で囲む食卓だといいます。サターの言う家族とは、一人家族でも十人家族でも、とにかく気にかけてお世話をし合う関係。一人でも自分のお世話をすれば、家族というわけです。家族で楽しく食事が出来れば、肥満も拒食症もないというのです。さらに子どもに調理や食卓の準備を手伝ってくれるとその日はよく食べてくれますね。同じ釜の飯を食うとはよく言ったもんです。シンプルで明快!