毎日子どもを学校に送り出すためにはこれだけのことを実際にきちんと整えなければならないのです。そして多くの親御さんはそれを毎日きちんとやっておられるのです。子どもはある日突然にできるようになったり、やるようになったりするものではありません。その準備はお子さんがまだ小さい間は大人が準備し、その成長に合わせて徐々にお子さんと一緒にやるなかで、一人でやれるように習慣づけていくことが大切なことなのです。

「子どもの日常生活の一日の流れは?」
・まず起床です。起床時間は幼稚園や保育園、学校の登園、登校 (小学校では集団登校の時間です)に間に合うように起きなければ(あるいは起こさなければ)なりません。そして顔を洗って、歯磨きをして、髪をとかして、洋服に着替え、朝食を取ります。幼稚園、保育園、学校の準備ができていればそのままスムーズに出掛けることができます。しかし、その準備ができていなければ、その準備をするためにその分朝早く起きなければなりません。朝に充分に時間がないと、時間の無い中でその準備をしなければならなくなります。そうなると時間的にあせる中でやらなければなりません。するといらないことで子どもを叱ったり、夫婦や家族の喧嘩のもとになったりしてしまうのです。朝のスタートはできるだけ気持ちよく始めたいものです。そして忘れ物は大丈夫ですか?忘れ物が度重なるとその日の活動や学習において子どもの気持ちの遅れとなったり、それが度重なると忘れることがあたりまえになっていってしまうのです。そして子どもは登園、登校して行きます。折角準備したものを玄関に置き忘れているということはないでしょうか?確認してあげましょう。

「子どもが帰ってきました」
・ランドセルはどこへ?脱いだ制服や洋服はどこへ?
・ランチマット袋の汚れた箸箱、ランチマット、お手拭はいつどこへ?
・おやつはどんなものをどれくらい?
・宿題はいつ?どこで?
・明日の学校の時間割、持ち物の準備は?
・夕食は何時?
・おふろは何時?
・明日着ていく服は準備されていますか?(朝になって探したり、準備したりする?)
・夜の歯磨きはきちんと済ませましたか?(小さいお子さんはお家の人がきちんと確認してあげましょう)
・布団を強いて就寝時刻は?
・そして朝の起床です。(登校時刻には間に合うように起きなければなりません)
こうして書き上げてみると一日は循環していて、こどもが帰ったときから既に明日への準備が始まっていることがわかります。この一日の流れの循環がスムーズであれば快適な毎日となるでしょう。この一日の流れがスムーズに流れるよう充分な配慮が家族の協力でなされることが望ましいのです。しかし、そううまくはことが運ばないのが現実のようです。家族間での協力体制がうまくいかなかったり、意見のズレあったりするとその習慣づけやその生活の流れに大きく乱れがでてくるのです。

子どもが家に帰ってほっとしたり、友達と遊んだり、テレビを見たり、時にはゲームをしたりする時間もあることでしょう。しかし、そうした時間があまりに遅い時間にまでくい込んでいくといろいろとまた支障が出てきます。そのつけが朝の準備不足の慌しさとなって、叱らなくてもよいことでも叱らなくてはならなくなってくるからです。

ただなんとなく毎日を流れるままに送らせるのではなく、その流れをきちんと意識して整理し直してみるということもとても大切なことになるのです。そうすれば小さいうちから何を習慣づけとして整えていかなくてはならないかもみえてくるのです 。しかし、一方においてはこうした一日の流れを絶対的に善しとして子どもを盲目的にその流れに従わせるのがよいとも言えないようにおもわれます。

日本が世界と学力においても競っていかなければならないからでしょうか、実際に漢字の学習一つとっても子どもの成長や理解能力を超えた内容が義務教育としてすべての子に義務付けられているのです。こうした子どもの学習内容をすべての親御さんが自分で見ることができるのではありません。多くの親御さんはこどもを遅らせてはならじと必然的に塾とかいろいろな手立てを考えるのです。その結果子どもは盛りだくさんのスケジュールの枠にはめ込まれ、子どもの自由意志で使うことのできる時間がほとんどなかったり、とても少なくなっていることが今日の子どもの生活においてはあたりまえのことになっているのです。ですからこうした現状に対してそのことが子どもの本当の学ぶ喜びにつながっているのか、健全な子どもの成長や人格形成において支障となることはないのかをもう一度きちんと吟味してみることが現代の親御さんに課せられている大事なことのように思われるのです。それらのことに気付いて子どもの本来の育ちを守ったり、対処できるのは今の時代親御さんにしかできないことのようにおもわれるからです。

「日常生活においても、その生活を整えようと意識的に努めていると、どんな小さなことにおいてもその手順や方法においてその必然性に導かれてくるものです」
実際に子どもの日常生活と真正面に向き合って生活しているとこうしたことが実際に体験されたことはありませんか? 意識して子どもとの毎日の生活に取り組んでいると、例えば今はまだ寒いので起きる前に部屋が暖かくなる時間を見計らって早めに暖房をつけておかなければなりません。部屋が暖まると布団から出て前日に準備して出しておいた洋服に着替えます。

着替えたあと歯磨き、顔洗い、髪をとかします。服を着替えてしまえば暖房は消しても寒くはありません。そして自分でできる年齢であれば各自で布団を上げたりベッドを整えたりします。布団をあげる場合にはこの布団の上げ方も布団を入れる場所やその大きさなどその状況に応じて上げ方の順番や方法が自ずと決まってくるものです。

そして食事(子どもは朝食は必ず食べることが大切)です。食事を済ませた子は自分の食べたものは自分で片付けまでさせたいものです。そして順次登園、登校していきます。子どもがそれぞれ登園、登校したあと、子どもが帰ってくるまでに家の掃除をしたりして家を整え、夕食の買い物や準備をしておくことが望ましいです。家族全員が勤めであって毎日はできない家庭であればそれぞれの家庭の状況に合わせ、休日などに家の整美にあたるということもあるでしょう。

保育園では子どもが遊んだあと、必ず保育者と一緒にそれぞれ木の実は木の実で種類別にかごに入れるなど、それぞれの種類を所定の場所の所定の入れ物にきちんとしまうということを片付けの習慣としていました。おもちゃをひとまとめにして一つの箱に無造作に入れたりすることは決してしませんでした。子どもが小さい間は大人がきちんと家を整えて子どもが心地良い状態の中で過ごせることの継続が「一人でやる」という自立の精神につながっていくのです。こうした整えられた環境で育つということが、ひいては物事をきちんと整えて明らかな目でその本質を捉えていくことのできる力にもなっていくようにおもわれるのです。