基本動作の一つ、一つにはとても大事な意味があって、日々の稽古の中での、基本練習をおろそかにしないで練習に当たることが、とても大きな違いとなってくると。それぞれの動作のどこがどのように大事なのかを、強く思いを込められて説かれるのでした。

まさに、幾多の厳しい試練や苦難を乗り越えてこられた方の指導の在りようというものを目の当たりにさせていただいた思いでした。さすが世界選手権優勝者で日本の剣道界を背負っているといわれている方です。

高鍋氏一人で、あの広い武道館いっぱいの、その大人数に行う実技指導です。普段あまり深い関心を持たず、わからないままで見過ごしてきた稽古の一つ一つのその意味が、今更ながら私にもすっと入ってくるのです。

そして、大勢の子どもたちの、一つ、一つの動作に対しても、違ったやりかたを見落とさないよう鋭くも、温かい目を行き届かせる高鍋氏のおもいや、その指導姿勢から、若い世代の育成に対する強い使命感が、観客席にいる私たちにもひしひしと伝わってくるのでした。実技指導を拝見して「世界選手権優勝者」の意味と、すごさが少し理解できたようにおもえました。

教えを受けた子たちに‘「世界剣道選手権優勝」 って、剣道はオリンピックの種目には入っていないけれども、ひょっとして、入っていれば「金メダル」ということ?’ と確かめてみると、意外な質問だったのでしょう。ちょっと考えてから‘世界だからそうですね’という答えが返ってきました。

彼らが、担当の先生に「今日参加しなかった人たちにも、話してあげてほしい」と頼まれると「ええーっ、それはできませんよ。参加してない人に言っても意味がありませんから」ときっぱりと言ったという。確かだ! 彼らの言うことにも一理ある。と。何事においても自分の体で体験しなければ、口ではなかなか伝わらないものです。同じようなことは、世間においても、いろいろな場面においてもいえることなのです。

「金メダリスト」と表現されるならばもっとたくさんの子どもたちが参加したのかもしれません。これが「ご縁がない」ということであったり、「まだ機が熟していない」ということなのかもしれません。

しかし、幸運にもこうした機会を得て、高鍋氏の実技指導を実際に受けることができた子どもたちにとって、氏のこれまでの剣道生活で培われた、その‘姿’、‘たたずまい’、その‘剣道’を肌身で感じることのできたこの体験は、大きな励みともなり、一人ひとりの心の宝となったのではないでしょうか。

今日、スポーツの世界でもいろいろなことが問題となって浮上してきていることが孫の剣道を通しても痛切に感じます。その世界においても、その指導において、二つの方向性があるようです。

一方には、子どもの成長に則して、スポーツを通して子どもの成長を促しながら、その精神性をも高めていこうと願って行われている指導。もう一方には、はじめはスポーツの理想を掲げて取り組んでいても、取り組んでいるうちに周りの要求もあって「より強くなりたい、ならせたい」、「できれば試合に勝ちたい、勝たせたい」というおもいが次第に高じて、その思いが主流となっている指導のあり方です。そして世のどのスポーツにおいても後者の指導が多いということです。

もう少し詳しく知りたく思い、インターネットの「高鍋進」で検索してみました。たくさんの情報や動画から高鍋氏のこれまでの歩んでこられた道のりや、更にこれから目指そうとされておられる剣道をとおしてのその極意の世界が私にも少し垣間見えてきたようにおもわれたのです。

◆この世に生まれてくる意味とは?

子どもの育ちにかかわるときにも、親や大人が子どもの“生”とどう向き合うか、その向き合い方によって、子どもとのかかわり方も大きく違ってくるように思われます。違いを突き詰めていくと、‘生きる意味のとらえ方’の違いによるように思われます。

そのとらえ方も、大きく分けて二通りのとらえ方が考えられます。一つは、「現実の世の中で、その‘生’ を維持していくため」という捉え方です。

多くの人は、毎日をどう生活していったらいいのかで頭がいっぱいだと思います。ですから、改まって‘何のために生きているのか’などということについてあまり考えることはないのではないでしょうか。
そうした大人の生き方が、子どもの育ちを考えるうえでも大きく影響して、多くの親御さんたちは、子どもの、この世での幸せを願って、その実現のために、子どもに様々なことを早期から課せるようになるのです。

一方で、ドイツの思想家・ルドルフ・シュタイナーは多くの講演や著書を通して、“子どもはすべて意味と目的を持ってこの世に生まれてきている”といっています。“子どもはすべて意味と目的を持ってこの世に生まれてきている”ということは、どういう意味なのでしょうか。そのことで、今でも心に残っている話があるのです。

随分昔のことですが、『ミュンヘンの小学生』の著者、子安美智子氏の講演で聞いた話です。ミヒャエル・エンデと大変親交の深かった子安美智子氏がミヒャエル・エンデを病院に見舞ったとき、ミヒャエル・エンデ氏から直接にお聞きしたというのです。

ミヒャエル・エンデはドイツの児童文学作家で『モモ』や『はてしない物語』で多くの人に知られている人です。エンデがまだ小さいとき、エンデのとても大切な人が亡くなったときの話です。

亡くなったその人のところに行きたいと毎日泣き悲しんでばかりいるエンデに、エンデのお父さんがこう言って聞かせたのだというのです。「その人のところに行くには、ちゃんと‘お土産’を持っていかなければいけないのだよ。これからその‘お土産’を用意して、‘お土産’ができてから行くのだ」と。向こうの世界に持っていける‘お土産’とはどんなものなのでしょう。

次回では、そうしたことも含めて子どもとの向き合い方について、もう少し詳しくみていきたいと思います。そのことが子どもの育ちを考えるうえで最も基本となり、大切なことだと思えるからです。