17日は大鳥羽駅までは迎えに来てくださるとのことで大鳥羽駅まで送っていかなければならないのです。しかし、出がけに台風の影響もあってJRの小浜線は走る見通しが立っていないという電話が入りました。でも幸いなことに何事もなく大鳥羽駅まで無事送っていくことができたのです。家で待つ家族のために担当の方が忙しい合間を縫って「航海日誌」というブログに日々の活動の様子を知らせてくださっていたというのですが、そのことを知らずに、時折天気が気になったり、今頃はどんなことを体験させていただいているのだろうと新たな体験に半ば期待しながら、終わってからの孫からの報告を楽しみに迎えの日を待ったのです。今でもその航海日誌は開くことができます。関心のある方は「若狭青少年自然の家」のブログ「航海日誌」を検索してみてください。

保育園勤務時代もできる範囲で、小さい時から海に親しむ働きかけをしてきました。南の海に生まれ、越前海岸で育った、海生まれの海育ちの私にとって、海は私の体の一部のように思って育ちました。ですから一人でも多くの子らにその海の奥深い魅力を知ってほしいと願ってきたのです。海だけでなく、私たちが見たり触れたり感じたりできる自然界は、その自然界の存在を存在ならしめている存在を、もし‘神’と名付けるとすれば、この世に存在するすべての存在はその神の‘叡智’の顕れなのだというのです。

海や様々の自然に親しむなかで、それら自然に対する理解が深まり、自然を大切に思うおもいが、究極において、自然界を通して表れている様々な叡智への気づきにまでつながっていくのであればこんなに喜ばしいことはありません。今の時代、人間のエゴイズムによっていたるところで破壊し尽くされようとしている自然界=神の叡智に対する破壊も今日ではもうすでに極限に来てしまっているのだとさえ言われるのです。

娘の結婚をとり行ってくださったキリスト者共同体の司祭であられるミヒャエル・デーブス氏が、昨年の来日講演の折話されたことです。“私たちがこれまで当たり前のように自然からもらっていた自然によって癒されていた力や、生命を回復する力(自然界に満ち満ちている生命力によって)を自然から期待することは、これからはできなくなってくるというのです。私たちは、私たちの周りを見ても、まだまだ豊かな自然に恵まれて実際にそこまでの状況に至っているなどとは決して思えないのではないかとおもわれるのですが・・・。ですから、とても遠大なことのように思われますが、そのことに対してこれからの時代私たち自身の在り様そのものが問われる時代になってくるというのです。(講演録『私たちの生命力と人間の使命―saks-books―0896-74-7027』)

これからの私たち大人は、子どもが自然に親しみ、楽しむことは、そうしたことにもつながっていくことでもあるということを意識したうえで、子どもと関わっていかなければならない時代にはいってきているようにも思われます。海に親しむ前に、その準備はお風呂から、と顔に水がかかっても怖がらないようにという配慮などもしていただいたりもしてきたのです。孫たちもその一人です。

しかし、孫に付き合うにはもう限界が来ています。どこかでどなたかがこうした子どもたちをご指導いただける活動や指導者がおられないかを探してもいたのです。しかし、嶺北では海があっても海や水を相手の危険と責任を伴うそうした指導をしていただける人や機会にはなかなかめぐり合うことができませんでした。今回参加させていただいて、子どもが意識している以上の‘子どもが本来したがっているおもい’が十五分にも引き出していただけた活動のように思われました。

三方公民館で行われた閉校式では、短い時間ではありましたが初めてお世話になった諸先生方スタッフの方々にお目にかかることができました。“子どもの力はすごい!! 困難な今回の活動で子供たちの誰一人として落ちこぼれるものもなく無事見事に全員終了できた”とまるでご自分のことにように喜んで心からほめたたえてくださっていました。その式の‘自然学校の校長先生’の挨拶の中で、「この年齢で40キロにも及ぶ距離を、シーカヤックで乗りこなしたということは、全国的にもないことだ」と先生自身も大変誇りに思ってくださっている思いが私たちにも伝わって来ました。

子どもは口に出せなくても知っているのです。本来の子どもは、多少の危険が伴っても、どんなに体が疲れても、燃え尽きるほどの真剣な活動をしたがっているのです。剣道においても、いつでも目いっぱいの真剣な稽古をつけてもらえることを望んでいるのがありありと子どもたちを通していつもわかるからです。子どもは求めているのです。本来の持てる力を十二分に発揮できる場所や活動をです。今の子どもはその本来の持てる力を十二分に発揮できる機会がとても少ないように思えます。ですからいつも不完全燃焼のままにおかれている状態のようなのです。

こうした活動は、実際には、子どもと関わるうえで大変な危険や責任を伴いますのでややもすれば、大人が、指導者側が保身的に走ってしまいがちです。そうした場面をこれまでどれだけたくさん目にしてきたことでしょう。子どものそうした思いを全面的に受け止めて子どもの持てる力を最大限引き出してくださる活動を行ってくださるところが実際に福井県にもあったということは深い感動でした。

この7日間をどのように過ごしたかその内容が一目瞭然にわかるように厚いファイルが一人一人に手渡されていたのです。そのファイルを拝見させていただくとこの危険と責任を伴う企画にあたられた方々が一日、一日をどれほど心を砕いて、この企画にあたられ、子どもたちに関わってきていただいたのかがその一頁一頁に滲み出ているのです。

そのファイルには、まず毎日の日程と子どもたちによるその日の活動に対する振り返りを書いたものが閉じられています。時間を追っての毎日毎日の活動予定もその日の活動に対して特に注意すべきことが細やかに、しかも子どもが理解しやすいようにわかりやすくに書き添えられて印刷されているのです。そして子どもたちの活動での、自分に対して、グループに対して、そして指導いただいた方々の言葉に対しての振り返りに対しても毎日きちんと目が通されていてコメントがなされているのです。その振り返りの中で、孫も4年生の頃から行きたかった学校で学んだ「行方久兵衛による三方五湖の浦見川や運河」に実際にサイクリングやシーカヤックで行けてうれしかったという感想も書いていました。この話は孫から毎日のように聞かされていたのでどんなにうれしかったかその気持ちがよくわかるのです。こうした心から感動できる生きた学びができたことも本当にありがたいことだとしみじみ思われたのです。

このハードな日程の中でここまで責任を持って見ていてくださったことにも頭が下がる思いです。この活動で使用した資料の数々もきちんとファイルされていて、このファイルは孫にとっても私たち家族にとっても大切な宝物となりそうで、これからそこに閉じられてある資料や書かれてあることをゆっくりと読ませていただくのが楽しみです。

どこかに出かけるとなると億劫さが先立つことが多いのですが、その送り迎えも途中までとはいうもののとても楽しみに変わっていたのです。車中から見えるほっこりとした山並や景色。のどかさが漂うあの大好きな小浜線に久しぶりに乗れたということもあったのでしょう。2月には保護者同伴の同窓会まで予定してくださっているというのです。一週間を共に過ごした友達に会えることを孫は今からとても楽しみにしています。まだ行ったことのない「若狭湾青少年自然の家」を訪れることができることや、小浜線での送り迎えで知り合った県外からのお母様方との再会や、お世話になった諸先生方との出会いを私たち家族も心待ちにしているのです。

“ばあちゃん脇坂先生に会いたいので、先生にメールして”と上の孫に言われ、脇坂先生との約束の日8月19日に大阪まで行ってきました。脇坂先生とは、現在大阪の子どもの治療教育「療育スペース ゆう」を立ち上げられた先生です。脇坂先生やその取り組みについて次回でご紹介させていただきたいと思います。