福井県坂井市にある東尋坊

 6月下旬の気温35℃を超える異常な暑さだった一日の夕暮れ時のことです。東尋坊 (福井県坂井市) をパトロールしていたところ、岩場最先端から崖下を覗き込んでいる女性を見つけました。「放っといてください…!」。声をかけると、女性は泣きながら叫び、その場から離れようとしません。30分以上説得して、ようやく私たちの相談所までついてきてくれました。

 通常ですと少なくとも毎時100人以上の人で賑わっている観光地ですが、コロナ禍の影響で観光客も少なく10組ほどの老若男女の姿を見かけるような状態でした。女性は、相談所に来てからも無言の状態。「あなたがここに来たことについては個人情報保護法に基づいて誰にも言わないから私たちを信じて話を聞かせてくれませんか…?」と私たちは呼び掛け続けました。そして個人情報保護表に署名してもらい、私たちの活動方針について説明をしたところ、10分以上の沈黙を破り、重たい口を開いてくれました。

 関東から訪れたという彼女は総合病院で働いており、月給25万円ほどもらって働いていました。中・高校時代の同級生だった、東京の有名大学4回生の彼と将来結婚することを前提に、最近まで都内で同棲生活を送っていました。2人は幼馴染で、お互いの親とは面識がありましたが、彼のアパートで同棲生活をしていたことについては内緒にしていました。

 ところが1ケ月前に生理不順になったため婦人科で診察を受けたところ妊娠していることが分かったのです。妊娠していることを伝えたときの、彼の表情は彼女が期待したものではありませんでした。結婚することを約束して同棲を始めたのに、待っていたのは「中絶して欲しい」という冷たい言葉でした。

 彼女は「せっかく授かった命だから絶対に産む…!」と言い切りました。将来の子どもに対する養育費を出して欲しいと言いましたが、断られてしまいました。彼から「親戚の人から、まだ若いんだから中絶させなさい。中絶しないのなら結婚するな」とも言われたとのことでした。

 彼はこう言い続けました。「母子家庭になると分かっていながら子どもを産むなんて親の勝手で子どもの将来を考えた場合、禍根を残すことになる。子どもが不幸になることが明らか。将来、私たち親が恨まれることになるのだから、中絶して欲しい…」 。彼を信用できなくなり、お互い口も利かなくなり不仲になってしまいました。

 彼女の母親はバツ1で子どもが3人いますが、彼女は母子家庭の子どもでも幸せが沢山あったと言います。母子家庭だからと言って不幸になることはないと身をもって知っていました。彼女の母は「そんなに産みたいのなら子育てを応援をしてあげるから産みなさい」と言ってくれていました。

 中絶してほしいと言い続ける彼のことが嫌になり、「このお腹の子と一緒に死にます」と言い残して別居し、携帯にも出ませんでした。そして、もう何も考えたくなくなり、何処か遠くへ行きたくなりました。仕事を無断欠勤して東京を離れ、昨夜たどり着いたのは金沢市。一泊して考えた挙句、自殺の名所である東尋坊を思い出し、死地への途に就きました。着いたのは今日の午後4時ごろでした。初めて赴いた地で岩場を見て歩いて飛び込む場所を探しました。観光客が2~3人いたため岩場最先端で観光客がいなくなるのを待ち続けました。ボランティアのスタッフが声を掛けたのは、その時でした。

 この女性に対して「死んだらどうなると思う…?」と尋ねました。彼女は答えました。「死んだ後のことは何も考えていませんでした。ただ、人に裏切られたことが悔しいのと自分の気の弱さが嫌になり、この世から消えたいと思っただけです」。

 私たちは自殺防止活動をしている立場から「絶対に自殺をしたらアカンよ…!」 と諭し、臨床医である矢作直樹著の「人は死なない」の死後の世界や、慈恵病院の「赤ちゃんポスト」などがあることを紹介するとともに、過去に私たちが保護した人たちのことを話しました。

 例えば、子どもを産んで子育てをする自信がないため子どもは作らないと決めていたのに、子どもが出来てしまった既婚女性の話。彼女との境遇とは真逆で、旦那に中絶したいと言ったものの、自分の親や旦那、旦那の親にまで中絶を反対され、いやいや赤ちゃんを出産。産声を聞いたとたんに鳥肌が立ち、将来を悲観し東尋坊の岩場に立ったという経緯でした。

 また、2人目の子を宿した時に旦那から「生活が出来なくなるので中絶しなさい」と言われた女性の話もしました。授かった命であるのに中絶するなんてその行為は殺人だと思い、離婚も覚悟で出産。旦那や旦那の家族から冷たくされ、子ども2人を道連れにして自殺しようと決心して東尋坊に訪れたという悲劇。つらい思いをしているのは決して彼女一人だけではないと、なんとか伝えたいとの思いでした。

 私たちは、これから彼女がどうするべきかについて意見を言う立場ではないと考え、何も言えませんでしたが、最終的に母親に電話して判断を仰ぎました。

 彼女の母親は力強い言葉で彼女にこう言い聞かせました。「直ぐ帰って来なさい…! あんたは産みたいと言っていたから産んでも良いと言ったでしょ…!自殺するなんて…、そんな弱い気持ちでは子育てなんか出来ないよ…!私が育ててあげるから産みなさい!一人で帰って来るんだよ!」。私たちが関東まで同伴して送ると彼女の母親に言ったものの強く断られたため、JR芦原温泉駅で乗車するところまで彼女を見送りました。彼女がその後、どんな決断をしたのかは分かりません。ただ、彼女がおなかの中の命を大切に思うのと同じくらい、自らの命も大切にしてほしいと願っています。

⇒東尋坊で活動する「心に響く文集・編集局」ってどんなグループ

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 福井県の東尋坊で自殺を図ろうとする人たちを少しでも救おうと活動するNPO法人「心に響く文集・編集局」(茂幸雄代表)によるコラムです。

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