元祖は江戸中期とされるこのお菓子。富山県内でもさまざまな名前で呼ばれている。コラージュは販売する各店の看板など

 「大判焼き」「今川焼き」「回転焼き」…。NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」に登場し、話題となったあの丸いお菓子。全国でいろんな呼び名があるのをご存じだろうか。北日本新聞(本社富山市)の「あなたの知りたいっ!特報班(知りとく)」でアンケートを行ったところ、富山県内でも名前はさまざま。世代によって微妙な違いがあることが分かった。(北日本新聞)

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 アンケートは無料通信アプリLINEの登録者を対象に実施し、401人が回答した。最多は「大判焼き」で約30%を占め、「七越焼」が約25%で続いた。「今川焼き」約18%、「ぱんじゅう」約12%、「回転焼き」は数人だった。ほかに「おやき」「甘太郎」など、その数は10種類を超えた。

 理由として目立ったのが「その名前で売る店があったから」。「七越焼」を販売する「七越」の杉田正治顧問(78)は「1953年の創業当初は『七越ぱんじゅう』で売り出した。昭和40年代に『七越』と改め、50年代に現在の『七越焼』にした」と話す。

 「ぱんじゅう」は年配者が多く、「七越」は60代を中心に回答が寄せられた。「七越焼」の名前の変遷がアンケートに反映された形だ。「私の前の社長が名付けたので『ぱんじゅう』の意味は分からない」と杉田さん。「パン+まんじゅう」の造語とも考えられるが、詳細は分からなかった。

 このお菓子の元祖は「今川焼き」とされる。方言学が専門の奈良大の岸江信介教授によると、江戸中期、現在の東京・神田の今川橋近くで誕生し、こう呼ばれたとの説が有力という。「今川焼き」を売る「山川 山室店」(富山市山室)の山川誠さん(69)は「メニューに加えたのは約20年前。やはり元祖の名前が良いと思った」と振り返る。

 地方ではオリジナルの名前を付けて販売するケースが多く、大阪では太鼓に見立てて「太鼓焼き」と呼ばれた。

 関西が舞台の「カムカムエヴリバディ」では「回転焼き」だ。岸江教授は「『回転焼き』は昭和30年代以降の名前で、年配の人は『太鼓焼き』と呼ぶ」と説明。「七越焼」の名前の変遷と似た現象が起きている。

 「大判焼き」はどうか。「たちばな」(黒部市三日市)の橘正和さん(63)は「母親から引き継いだ店で、当時から『大判焼き』。40年以上やってるけど、深く考えたことはないな」。

 岸江教授によれば、昭和30年代に愛媛県の企業がこのお菓子を手軽に焼ける機械を開発。当時流行した作家・獅子文六の小説「大番(おおばん)」にちなんで「大判焼き」と名付け、のれんとセットにしたところヒットし、広まったという。

 マイナーなものも含めれば、名前は100以上あるという。多くの人に愛された証しだろう。

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