拉致被害者の帰国を願い、約20年にわたってブルーリボンを作り続けている堀内昌子さん=福井県福井市内のアトリエ

 福井県小浜市の地村保志さん、富貴恵さん夫妻=ともに(66)=ら北朝鮮による拉致被害者5人の帰国から今年で20年。北朝鮮に残された他の被害者の帰国を願い、福井の織りリボンを使って救出活動のシンボル「ブルーリボン」を作り続けている女性が福井市にいる。被害者家族や支援団体に贈った数は約10万枚。女性は「自分が生きている限り作り続けたい」と話している。

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 福井市のリボンアート作家、堀内昌子さん(75)。ブルーリボン運動は、拉致被害者の生存と救出を信じる意思表示として青いリボンを着けようという取り組み。日本と北朝鮮を隔てる日本海の青と、被害者と家族を唯一結ぶ青い空をイメージしている。繊維の仕事に長年関わってきた堀内さんは「せっかくなら福井の織りリボンできれいに作りたい」と2002年に地村夫妻らが帰国してから取り組み始めた。

 幅1・8センチのロール状のリボンを長さ6センチずつに機械でカットした後、はさみで先端に逆V字の切り込みを入れピンを付けるなどして仕上げる。このほか、ちょう結びの形もある。救う会福井や拉致被害者、横田めぐみさん=失踪当時(13)=の家族らに数千個単位で定期的に贈り続けている。

 救う会福井の森本信二会長(66)は「堀内さんのリボンはとてもきれいでほつれない。集会や署名活動で使わせていただき、本当にありがたい」と感謝する。

 17年に小浜市で開かれた拉致解決を願う集会では、ブルーリボンの代わりに青を基調としたコサージュを作り、地村夫妻や新潟県の拉致被害者、曽我ひとみさん(62)、被害者家族会の前代表、故飯塚繁雄さんらが左胸に着けて登壇した。

 21年は救う会福井に1万2千枚を贈った。作業をするアトリエに、土産を持って森本会長と保志さんが訪ねてきたこともある。

 めぐみさんの父、故滋さんや母の早紀江さん(85)からは、贈るたびに直筆の手紙が届いた。21年8月に届いた早紀江さんからの礼状には「活動が始まりましたら、大切に使わせて頂きます」と書かれていた。滋さん、早紀江さんとは一緒に食事をしたこともあり、早紀江さんに「お孫さんはめぐみさんに似てかわいいですね」と言うと「かわいかった。でもめぐみが死んだことは認めません」と話したという。堀内さんは「母としての深い苦しみを思った」と振り返る。

 これまでリボン作りは一人でやってきたが、最近は知り合いを通じて県内の高齢者たちがピンを付けてくれるなど、仲間が増えてきた。堀内さんは「残された家族を思うと本当につらい。自分にできることは、問題が解決するまでリボンを作り続けること」と製作を通じ家族の支援を続けていきたいとしている。