日本列島人の形成モデル

 私たち日本人はどこから来て、どう発展を遂げてきたのか―。その謎をDNAの情報に基づく最新研究で解明しようとするプロジェクトが進められている。「ヤポネシアゲノム」と名付けられた文部科学省の新学術領域研究だ。その領域代表を務める国立遺伝学研究所の斎藤成也教授(福井県出身)に、これまでの歩みや成果、今後の展望を聞いた。

 ▼飛躍的発展

 日本人のルーツに関しては、今から30年前に、人骨の形態から人類学者の埴原和郎氏が提唱した「二重構造モデル」が定説になっている。

 旧石器時代に日本列島に東南アジアから人々が移住し、子孫が縄文人となった。弥生時代になると北東アジアから渡来した人々が縄文人との混血を繰り返し、現在の日本人集団の基礎ができた―とする考え方だ。

 ただ、縄文と弥生の2大要素の源流については諸説あり、よく分かっていなかった。

 そこで登場したのが人骨や歯のDNAを調べる研究だ。現代人と古代人のゲノム(全遺伝情報)を比較することで、類縁関係や進化の道筋を探ることができる。

 以前は母から子に受け継がれるミトコンドリアDNAを調べる研究が主流だったが、近年、塩基配列を決定する新たな装置が開発され、すべての祖先をたどれる核ゲノムが短時間で大量に解析できるようになり、コストも大幅に低下。人類進化の研究に「大きな革命」(斎藤さん)をもたらした。

 これがプロジェクト立ち上げにつながり、遺伝学や歴史学だけでなく、言語や動植物学者らも加わった「文理融合」の新たな領域研究に発展した。

 ▼現代人に縄文的要素

 これまでの核ゲノム解析などに基づく研究では、「二重構造モデル」を支持する結果が得られている。また、アイヌと琉球の人々は縄文人の遺伝的要素を強く残し、本土の日本人についても縄文人の要素を10~20%程度残していることが分かってきた。

 さらに、縄文人はかなり古い時代に東アジア人の共通の祖先から分岐し、独自の進化を遂げた集団である可能性が出てきた。ただ、縄文人がいつ、どこから日本列島にやって来たかを知るには、さらに多くの縄文人と他の地域の東アジア古代人の核ゲノムを解析する必要がある。