ソーセージ配って語り合う選挙、カフェ感覚で投票…日本と全然違う北欧流【ゆるパブ】

10月31日の衆議院選挙に合わせて様々なニュースが世間を賑わせています。コロナウィルス対策や年金、子育てなど私たちの身近なテーマを皮切りにどの党を指示するか、意見が分かれるところだと思います。自分たちの生活の基盤が変わる対局でもある重要な選挙。日本の主権は国民にあり、投票を行うことでその意思を政治に反映させることができるにも関わらず、投票率はあまり高くないのが現状です。特に、若者の投票率が低く前回の第48回衆議院選挙の20代の投票率は33.85%(「総務省:**国政選挙における年代別投票率について」より**)と、過半数以上の若者が政治に無関心ということになります。

このようにつらつらと若者の投票率の低さに憂いを抱く26歳の私も、そこまで政治に詳しいというわけではありません。私を含め、なぜここまで政治や選挙に興味がないのか、もしかしたら国柄なのかもしれないと思い立ち、海外の人と話をしてみることにしました。フィンランドに留学していた経験から、フィンランドの友人数名と選挙や政治の話をしてみると、日本人のあまり持っていないある"感覚"に気づきました。

今回はその"感覚"についてと"日本の若者の投票率を上げるには、もっと膝をぶつけた方がいい"という話をしていきたいと思います。尚、この話に関しては、どの政党を応援する、もしくはこうした方がいいという政治の画策を図っているものではなく、友人と話した中で見えてきた1つの仮説であり、その点をご了承ください。

お茶の間の話題に
知らずのうちになる政治

 テレビを家族で視ることはよくあると思いますが、フィンランドではその時間に政治の話題になることがよくあります。「今回のこの政策はうまくいかなかった」「もっと早く手を打つべきだった」「これは面白い取り組みだと思う」親が教えるというスタンスではなく、会話のテーマの1つに自然となっているというのが特徴として挙げられます。友人との会話でも最近のニュースから政治の話へ変わることも多いそうです。環境、男女平等、就労、移民の話...テーマを具体的にすれば枚挙にいとまがありませんが、自分たちの興味のある話だけで盛り上がることも度々。

一方、日本に置き換えて考えてみると、私の家族でもお茶の間の話題になることは少ない印象ですが、仕事の話や男女の不平感については友人や家族と話すときもあります。こう思うと私たちも政治に興味が無いわけではなく、ちゃんと話している気がします。ただ、1つ違うなと思ったのは"私たちの生活が政治と連結しているか、繋がっているかどうか"という感覚。仕事の話はするけれど、それが政策としてどうかなどの視座を1つ高くして考えたことはほとんどありません。よく、若者の政治関心離れという言葉を耳にしますが、私はそうではなくどちらかというと無気力感が強いと感じます。それは純粋に政治と私たちの生活の"繋がっている感覚がない"ということなのではないかと思います。

では、フィンランドでは”繋がっている感覚”は育くまれているのでしょうか。

選挙の方法も日本と異なる

 話を聞いている中で、”つながっている感覚”を培っていると思ったのは2つの視点からでした。

1つ目は、学校での授業での取り組みにより"主張する感覚"があること。「中学校の授業では選挙や政治の記事を読み、それについての感想などを書いていた」と、友人は言っていました。現在もすべての学校で、同じ授業が行われているかは分かりませんが、日本と異なるのは"政治に対して自分の意見を持って主張してもいい"と子どもの頃から認識していることなのではないかと思います。私が学生の頃は、「政治のこの問題について私はこう思います」と、政治を主体に、私を主語に発言したことは記憶にありません。その雰囲気を学校で形成することで、大人になっても家族や友人との会話で、どの政治家が嫌い、あのリーダーみたいに働きたい、等の主張を自然にする"感覚"が身につくのではないかと思います。

 2つ目は、選挙の方法でより身近に"ある感覚"があること。

 日本では選挙期間中、候補者が街宣車に乗りながら、または道路のど真ん中で自身の政策や活動を伝えていくのが一般的です。私も恥ずかしながら選挙活動をお手伝いさせていただいた経験もありますが、道路で政策をいくら謳っていてもせいぜい残るのは印象だけです。道路の路肩に車を停めて、話を聞いてくれる人なんて1人もいません。"やっている感"が否めないのです。一方フィンランドでは、選挙期間中に、フィンランド人の大好きなコーヒーやソーセージを手渡して市民と向き合って話をするそうです。規制の異なる日本では、物を配布してコミュニケーションを図るのは難しいですが、他にも方法はきっとあるはずです。ただ大きな声で通り過ぎる車や人に印象を残すよりも、身近な1人の候補者として同じものを手に取りながら膝を突き合わせて話す方がよっぽど人間らしい市民主体を手前に置いたコミュニケーションの方法だと思います。より身近に感じられることで政治や選挙が私たちの近くに"ある"という感覚をより一層後押ししてくれるのではないかと思います。

 フィンランドの友人の間では、選挙日が近づくと「選挙に行った?」「いつ行く?」という会話が友人との中で自然と増えると言っていました。まるでカフェに行く感覚で選挙に一緒に行くこともあるとのことです。そう言った個人間でのやりとりの中にも身近に"ある感覚"が垣間見えます。

身近にあると理解し、触れることで
若者の投票率は上がる

 若者が政治に対して希望持っていたり、期待だけしていたりするかといえばそんなこともありません。何もしないで会議だけしていると文句を言う人も一定数はいるのだとか。ただ、そういう政党や国の代表を私たちが選挙を通して主張することで"変えられる感覚"を併せ持っているのも事実です。普段からどれだけ身近な問題として"繋がっている"か、そして会話や選挙活動で身近に"ある"ものとして触れているか。そう思えることが選挙に行って投票することにつながっているのではないかと思います。

 抽象的な概念だけでなく若者の投票率を上げるための方法として、取り組みも多様にあるように見えますが、現実問題としてそこまで簡単ではないというのが事実です。日本で今月20日に公開されてから話題になっている"投票マッチング"と呼ばれる20の質問を5段階評価で回答していくことで自分に似ている候補者を示してくれる取り組みがありますが、フィンランドでも"Election machine (=選挙マシーン)"と呼ばれる似たものがあります。友人にこのシステムについて聞いたところ「使ったけど面倒だった」と言っていました。

 小手先だけの印象操作や大胆な手法だけ似せるのではなく、選挙や政治を身近にする環境整備、政治の話をしてもいいんだとタブー視を取り払うこと。そういった日本の国、人柄にあった膝の付き合わせ方で"感覚"醸成していくというのが遠くて早い道なのかもしれないと思います。まずは私も友人と身近な投票所に一緒に行ってみたいと思います。

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【ゆるパブコラム】福井の若者や学生、公務員、起業家、経営者、研究者などがゆるくつながり活動する一般社団法人ゆるパブリック(略称:ゆるパブ、2015年福井に設立)が、さまざまな視点から福井のまちの「パブリック」に迫ります。ゆるパブメンバーを中心に執筆中。