若狭守護武田氏の館跡で確認された門遺構=福井県小浜市男山

 福井県小浜市は国史跡・後瀬山城跡で進められている守護館跡の発掘調査で、石造りの門遺構を初めて確認したとこのほど発表した。江戸時代に流通した越前地方の笏谷石(しゃくだにいし)が使われていることから、同時代に造られたものと考えられる。

 守護館は、1522(大永2)年に若狭守護武田元光が後瀬山城の麓に設けた。1601(慶長6)年に初代小浜藩主、京極高次の小浜城築城により後瀬山城は廃城となったとされる。守護館は京極氏の菩提(ぼだい)寺である泰雲寺(後の空印寺)境内となった。

 発掘調査は7~9月に行った。発見された門遺構は、館跡敷地東側の地表から40~50センチの深さで見つかった。石造りの基壇が南北に約7メートル、東西に約3メートルのコの字形に配置されている。

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 出土した石材は江戸時代に小浜に入ってきた笏谷石とみられ、守護館が建てられた室町時代のものではないとみられる。また遺構は敷地に隣接する小浜藩主・酒井家の菩提(ぼだい)寺、空印寺にある薬医門と寸法がほぼ一致、江戸時代に描かれた絵図には遺構場所に門のようなものが描かれていることなどから市担当者は「遺構にあった門を現在の同寺に移築した可能性も考えられる」としている。

 遺構より下層からは室町時代の青磁や越前焼、建物の礎石なども見つかっている。担当者は「今後、門遺構の下から武田氏が造った門などが出てくる可能性がある」とし、今後も調査を続ける。