県道の真ん中で立ち止まって動かないニホンカモシカ=9月23日、福井県越前町内のトンネル

 国の特別天然記念物ニホンカモシカの人里での出没が、福井県内で増えている。越前町内の県道のトンネルでは多数の目撃情報があり、すみ着いているような痕跡もみられている。奥山に返そうにも捕獲には文化庁の許可が必要で、むやみに傷つければ罰則を伴うことも。今のところ農作物の被害は報告されていないが、県は遭遇した際の対応マニュアルを年度内に作成する方針だ。

 県内のカモシカの生息数の指標となるのが、車にはねられるなどして死んだときに出される「滅失届」の件数。県生涯学習・文化財課によると、2021年度は4月~8月の4カ月間で30件を受理し、昨年度1年間の29件を既に上回っている。

 こうした状況について、県のカモシカ保護指導員や調査員を30年以上務める幅口隆一さん(83)=大野市=は「近年は中山間地で暮らす人が減り、餌を求めて人里に現れるようになったのでは」とみている。

 ニホンカモシカはウシ科の反芻(はんすう)性草食動物。草や低木の葉、芽、樹皮、果実などを食べる。かつては高山に生息すると考えられていたが、生息数が増えた近年は全国的に低地にも姿を現すようになっている。

 ニホンカモシカを「県獣」に指定している富山県は、県民が不意に遭遇したときの保護・対応マニュアルを作成。カモシカの健康状態や遭遇場所、状況に応じて「しばらく様子を見る」「石や泥を投げて山へ追いやる」といった対応を示し、ホームページで公開している。

 富山県でのカモシカの人里での出没は横ばい状態というが、同県の担当者は「ニホンジカの生息域が拡大し、カモシカが人里へ追いやられているのでは」と推測。現在、北アルプスでシカとカモシカの生息数を調査している。

 東北や長野、岐阜県などの造林地や農地では食害も増えている。福井では、県によると「今のところ食害被害は出ていない」。ただ、越前町農林水産課は「水仙の球根を掘り起こしたり、梅の実を食べたりするのは主にシカだが、カモシカの可能性も捨てきれない」としている。 

食べ物与えると居着く恐れ、生態系に影響も

 越前町のトンネル内のカモシカをたびたび目撃している男性は「今年6月以降見かけることが増えた。前足をひきずっているように見えた」と話した。

 9月23日、記者がそのトンネルに向かうと、うずくまっているカモシカに遭遇。暗がりのトンネル内を見渡すと、歩道の広範囲に大量の糞(ふん)が散乱していた。糞は分解が進んだものもあり、専門家は「一定期間すみ着いている」との見解を示した。

 富山県のマニュアルでは遭遇したカモシカにけがや病気が疑われる場合は、動かさず速やかに市町教委へ連絡するよう求めている。かわいそうと思い食べ物を与えると「そのまま居着いてしまい生態系が壊れる」と担当者。絶対にしてはいけない行為だと強調する。

 記者が遭遇したカモシカは前足を引きずりながら県道の真ん中に出て、しばらく立ち止まったままでいた。幸い、車は通らず事故に巻き込まれることはなかった。やがて西の出口に向かい姿が見えなくなった。