小浜はかつて大陸の玄関口として栄え、都との往来が盛んだったことから、今でも寺社仏閣をはじめとして多くの優れた文化財が残っている。「海のある奈良」と言われる所以(ゆえん)だ。

 中でも、小浜市の松永地区にある「明通寺」は、東北を平定したことで知られる征夷大将軍・坂上田村麻呂が平和を願って建立したのが始まりといわれ、本堂と三重塔は国宝に指定されているお寺だ。

 この明通寺の麓に、「藤屋」という旅館がある。若狭出身の文豪・水上勉さんもよく訪れていたというこの旅館は、こぢんまりとして居心地の良い素敵(すてき)な宿だが、オーナーが高齢化したこともあり、一度閉館していた。

 農林水産省から小浜市への3年間の出向を終え、東京での仕事を経て、再び小浜に戻った僕は、地元の企業から「藤屋を再活用して、地域の拠点となるような宿をつくりたいので、何かアイデアをもらえないか」という相談を受けた。

 僕はそれまでも松永地区には仕事で何度も行ったことがあったが、この地域を観光という視点で見たことはあまりなかった。

 この相談を受け、改めて松永地区をじっくりと訪れると、美しい緑の山あいに綺麗(きれい)な川が流れ、田んぼが広がる景色が目に留まった。若狭湾の海とはまた違う、小浜の里山の美しさがあった。そして、久しぶりに訪れた明通寺は、静かで凛(りん)とした時間が流れていて、本堂で御本尊(ごほんぞん)の薬師如来像に向き合うと、自然と力が抜け、心が落ち着いていくような気持ちになった。

 ちょうど東京から小浜に戻った直後だった僕は、東京の人や情報の多さに少し疲れていたのかもしれない。東京でのせわしない生活を経て、改めて発見した小浜の魅力だった。

 また、松永地区には、県内有数の大規模農業法人である「永耕農産」や、松永の綺麗な水を使って昔ながらの製法でお酢を醸造する「とば屋酢店」、廃校の建物で職人が一つずつ家具を手作りする「栗本家具工房」といった、この土地にしっかりと根付いたなりわいもある。

 僕は、「藤屋」を再開するに当たって、この松永地区の魅力を丸ごと体感できるような宿にしてはどうだろうかと考えた。
例えば、お客さまは、宿に到着したら、自ら畑で旬の野菜を収穫してもらい、ディナーではその野菜をふんだんに使った料理を食べていただく。ディナーは野菜の繊細な美味(おい)しさを味わっていただくため、あえて肉や魚は使わない「精進料理」だ。

 夜はゆっくりと身体を休め、翌朝、まだ誰も来ていない明通寺の本堂で、真言宗の阿字観瞑想(めいそう)をする。早朝の明通寺は凛とした空気で、呼吸に集中していくと、周囲の自然と一体となるような感覚になれる。そして、瞑想後は明通寺の客殿で一杯の朝粥(がゆ)を食べ、身体の芯から日頃の疲れを洗い流すのだ。

 お酢醸造所の見学や家具工房での木彫り体験、周辺の散策なども、この松永でしかできない貴重な体験になるだろう。

 この藤屋再生プロジェクトは、松永地区での滞在を通して、忙しい日常から離れて、五感を整え、自分を見つめる時間を過ごしてほしいという想(おも)いを込めて、「松永六感」と名付けた。「六感」とは自分自身だ。昨年の2月にスタートし、コロナ禍で思うようにいかないことも多いが、ファンを着実に増やしている。

 「小浜にはいいものはたくさんあるが、どれも小粒」。僕が小浜に初めて来た頃、小浜の人にこう言われたことがあるが、地元に国宝のお寺があるにも関わらずそれを「小粒」と言うのは、小浜の人くらいではないだろうか。足元には魅力の詰まった宝が数え切れないほどあるのだ。

 この「松永六感」を通して、ぜひ多くの方に小浜の紡いできた歴史や風土の奥深さを感じていただきたいと思う。

⇒ふくい日曜エッセー「時の風」福井新聞D刊に最新回

 【みこしば・ほくと】1984年長野県伊那市生まれ。京大大学院農学研究科修士課程修了。2009年農林水産省に入省し環境保全型農業や担い手育成、再生可能エネルギー、スマート農業などを担当。15年から3年間、小浜市役所に出向。19年同省を退職し、小浜市へ移住。