常神半島の古道を楽しむトレッキングツアー

古道には先人が安置したお地蔵さまが今も残ります

古道からリアス式海岸の若狭湾を望む。どんなことを考えながら先人はこの古道を行き交っていたのでしょうか

 私の住んでいる若狭町海山という集落は「常神半島」の根本に位置しています。常神半島には5つの集落が存在しますが、「神」に因んだ名前が付いている集落や島が数多くあります。集落名では「常神(つねがみ)」「神子(みこ)」「遊子(ゆうし)」、島の名前で「御神島(おんがみじま)」、そしてバス停名では「竜宮」。なんだか、昔話に現れそうな名前が多く存在し、この半島の歴史の深さ・不思議さに興味を抱いてします。

 常神半島はリアス式海岸で、入り組んだ地形で形成されていて、今でこそ集落と集落を結ぶ道が存在しますが、その昔は船を移動手段として活用していた地域でした。宿泊客がお越しになると車で来れる最寄りの港まで船で送迎をしていました。電話は集落のお寺に一本だけ存在し、その電話を集落の方々が共同で利用して観光業を営んでいました。今では考えられない状況ですが、近代社会においてレトロな部分で魅力を感じる部分も多々存在します。

 その頃の常神半島の船以外の主な移動手段は、半島の尾根を活用した徒歩移動でした。それぞれの集落から尾根へつづく古道があり、尾根にたどり着くと尾根を歩いて次の集落、次の集落へと移動でき、最終的には衣食の調達や娯楽を楽しむことができる街へと続いていました。この古道が常神半島に住む方々の生命線として大活躍していたのです。

 常神半島・三方五湖でカヤックツアーを開始した15年ほど前、「水面を楽しむアクティビティーだけでなく、トレッキングも楽しむことができないか?」という思いから、各集落の長老に、集落から尾根道につづく古道を教えていただき、実際に常神半島の尾根道をトレッキングしたことがありました。昔利用されていた道だけに整備もされておらず、はっきりと道を確認できない区間もあったのですが、尾根道に到達するとその到達点には集落ごとにお地蔵さんが祀ってあり、昔の方々が目印としていたことが伺えました。また、尾根道はしっかりとした広さで造られていました。

 この常神半島の古道を歩いたことがきっかけで、私は古道にハマっていきました。常神半島の尾根道から眺めることのできる若狭湾の雄大な景色は絶景で、何者にも代えがたい爽快感と安堵感を味わうことができました。尾根を通る爽やかな風は、上り道での汗を乾かしてくれ、清々しい気分にしてくれたのです。

 でも景色よりも何よりも、私が古道にハマった理由は、この古道を生活道路として活用していた時代の方々の心を感じ、その時代を想像するところにあったのです。

「あの重いお地蔵さんを集落から、どのような想いで、どのような方法で尾根まで運んだのだろうか??」

「この尾根道を、どのような服装で?どのような履物で?どのようなことを考えながら先を目指したのだろうか??」

「手を繋いで歩いたであろう親子達は、どのような会話を楽しみながらこの険しい道を歩いたのだろうか??」

「要所要所にある石積みした道は、誰が設計し、何人が、何日ぐらいかけて出来たのだろうか??」

なんて、いろいろなことを考えて想像することが非常に楽しく、ワクワクしました。この古道を通じて先人たちと心と心がつながった錯覚を覚え、なんとも有り難い気分にもなったのです。この時代を超えた繋がりがとても心地よく、命を感じる瞬間となりました。この経験から私は古道を歩くことが好きになったのです。

 まだまだこの地の古道はたくさん存在します。時代を超えた心のつながりを感じられる古道トレッキング。その古道を地図で見つけ、ワクワクしながら歩くことをこれからも楽しんでいきたいと考えています。

(「自然に大の字 あそぼーや」代表 田辺一彦=福井県若狭町)