武田双雲(1975年生まれ)というアーティストをご存じでしょうか? 書道家と呼ぶにはあまりに破天荒な人物で、敢えてアーティストと呼ばせていただきます。東京理科大を卒業しNTTに就職しながら、一念発起し会社を辞めストリートミュージシャンならぬストリート書道家から新たな人生を歩み始め、NHKの大河ドラマ「天地人」の題字を皮切りに、今日ではテレビにもよく出演されるようになりました。天真爛漫(らんまん)な言動と持ち前の明るさで多くの信者?を魅了し光り輝く存在、それが武田双雲という巨人です。

 今月8月4日(和紙の日)から東京日本橋の三越本店で、大展覧会が開催されました。

 彼と初めて会ったのは、皇居を眺めるパレスホテルのカフェでした。カリフォルニアでの個展を目前にして、今までにない和紙を求めて、たどり着いたのが越前和紙だったのです。

 いきなり驚かされたのは、彼の自由奔放で変幻自在な人柄でした。あるものをあるがままに使って、偶然までも作品にして楽しんでしまう。だから、彼の書には失敗がなく、彼の人柄そのものが作品に仕上がってゆくのです。

 その後、大きな展覧会を重ねる度に、越前和紙の里に来られることが増えてきました。そして2年前も、面白そうな和紙を選びながら紙漉きの現場を巡っていた折、その事件は起こりました。

 紙漉き職人はちょうど壁面装飾用の大判和紙を漉いていました。漉き上がったばかりの和紙は柔らかい豆腐のようにふわふわしています。この状態で水滴を落とすと、和紙に水玉の穴が開きます。水の圧力を上げて雨を降らせると、水圧に押されて凹(くぼ)んだり飛び散ったりして、さまざまな表情をつけることができます。

 この作業を見ていた武田さんが無邪気におっしゃいました。「それ、僕にやらせてもらえませんか?」。それが越前和紙の紙漉きの現場で、武田双雲ライブパフォーマンスが始まった瞬間でした。もちろん、武田さんは生まれて初めての経験です。ここには筆も墨もありません。あるのは漉きあがったばかりの和紙の原料と武田さんの手と水だけ。最初は遊んでいるとばかり思っていた私たちや、紙漉き職人たちでしたが、皆次第に息を飲み武田さんの指先の動きを目で追いはじめました。なんと目の前で面白いように書が仕上がってゆくのです。

 文房四宝という言葉があります。墨・硯・筆・紙は書を支える大切な宝ものであるということですが、この大切な四つの宝の内、三つを使わずに「紙」だけで書を完成させてしまったのです。

 武田さんになぜ越前和紙を使われるのですか? と会場でお聞きしました。答えはずばり「人と場所と歴史」とのこと。職人さんと出会い、同じ時間を共有してご縁が深まる中で、紙を通して、職人さんの顔が、仕事に向かう姿勢が、親子から家族までもが見えてくる。そして越前和紙に特別な感情が生まれて来るのだと。岡太(おかもと)神社もある、歴史を感じる街並みもいい。全てのご縁に感謝している。そして美味(おい)しい食べ物までもと、ニッコリされていました。

 薄暗い工房の中、武田さんの手を離れ「道」という文字が残されたふわふわの和紙は、後日しっかりと乾燥されてアトリエに送られ、サインを入れ額装されます。昨年の展覧会の一番奥の最も目立つ場所に、作品はスポットライトを浴びて光り輝いていました。作品の横には越前和紙500万円とのキャプションが付いていました。御約定済の赤札と共に。(8月22日福井新聞掲載)

 【すぎはら・よしなお】1962年福井県越前市(旧今立町)生まれ。成城大経済学部卒。和紙問屋の老舗小津産業を経て、杉原半四郎が1871年創業の和紙屋、杉原商店入社。2010年同社社長。パリ国際展示会を皮切りに欧州での展示会に多数出品。16年に三井ゴールデン匠賞を受賞。