大阪地検が入る大阪中之島合同庁舎

ずいぶん昔ですが、たまたまテレビで観た海外のトーク番組に、ハリウッド俳優のミッキーローク氏がゲスト出演していました。番組の冒頭は司会者とゲストの一問一答形式で、その中で強く印象に残ったやり取りがあります。
司会者「あなたがもっとも嫌悪を感じることは?」
ゲスト「動物虐待」
このミッキーローク氏の答えに、心底共感しました。

後に彼がたいへんな愛犬家であることを知り、愛犬との深い絆が語られていた記事を見て、温かな気持ちになったことを覚えています。動物虐待は、この世でもっとも憎むべき醜い卑劣な行為だと思います。特に動物が好きでなくとも、許しがたい行為であると思うはずです。それに、れっきとした犯罪です。

人間の管理下にある、言葉を持たない弱い立場の動物に対する虐待は、ただただ一方的で、動物に非はなく、「ストレスが溜まっていた」「被害を受けた」など、どんな言い訳を並べても一ミリの同情の余地もありません。

児童虐待など弱者に対する虐待事件も後を断ちませんが、法的にも未だ器物扱いされ、その尊厳を守られているとは言えない動物は被害を受けやすく、人より犯罪に対するハードルが下がってしまいます。それゆえに、社会の中でもっとも弱い存在であると言えるのではないでしょうか。もの言えぬ動物を傷めつける卑劣な行為には、程度がどうであれ嫌悪しかありません。

今年1月にも、許し難い事件が起きました。大阪府在住の男が、自宅で飼っていた猫に消毒用アルコールをかけ火をつけました。その後、動物病院を受診し、獣医師に対し「自分でやった。精神的に参っていた」と説明したため、獣医師が警察に通報し、1月26日に動物愛護管理法違反の疑いで書類送検されました。

男の飼い猫は、地元周辺地域において動物保護活動を行う保護猫カフェから譲渡された猫でした。幸せへのパスポートとも言える譲渡契約を結び、余生を快適に過ごせるはずだった猫に対し、身勝手な理由でその体に火をつけ、命にかかわる大火傷を負わせたのです。

当協会は、1月12日に関西の動物愛護団体経由でこの事件を知りました。被害猫は、胸から腹部にかけて、さらに四肢の内側も広範囲に焼けただれ、見るに耐えない痛々しい姿でした。

幸いにも一命は取り留めたものの、皮膚移植を繰り返し、動物病院の善意に支えられ治療をしていますが、今も厳しい入院生活を送っています。

この事件には悪質性の高さを感じます。なぜなら、消毒用アルコールをかけた時点で猫は驚いて逃げたはずです。その上で着火し胸部と腹部に火傷を負わせたということは、何かしらの方法で拘束したと考えられ、生きた猫を燃やすのは猟奇的で、明確な殺意を持って犯行に及んだと思われます。また犯行後、焼けただれ苦しんでいた猫を長時間放置していました。

その行為に対し、動物殺傷罪は5年以下の懲役または500万円以下の罰金である重大な犯罪であることを認識させ、また再犯の抑止のためにも、検察庁に厳罰な処罰を求めるため、当協会は2月に大阪地検に告発状を提出しました。

この事件は、動物殺傷罪が厳罰化されてから発生しています。令和2年6月施行の改正動物愛護管理法では、愛護動物に対するみだりな殺傷罪が「2年以下の懲役又は200万円以下の罰金」から「5年以下の懲役又は500万円以下の罰金」と大幅に厳罰化されました。

しかしながら、大阪地検が4月に行った判断は不起訴処分。その内容は「起訴猶予」で、犯罪事実は認めた上で、起訴しないという判断でした。要するに、完全に黒だけど罪に問いません、ということです。

その理由を、「自ら被害猫を動物病院へ連れて行ったこと、30万円の贖罪寄付及び治療費のうち約10万円を支払っていること、反省の情が見られること等から、前例と比較して判断した」と説明しました。

まず、動物病院に連れて行ったことですが、動物病院は捜査機関ではなく、「自首」のように刑が減軽される事由にはなりません。治療が必要な飼い猫を病院に連れて行くことは、飼い主としての当然の責務です。しかも、本来全額負担する治療費も、7月時点で1週間分の金額を支払っただけで、現在も入院中の被害猫の治療費は未払いのまま。これでは寄付に関しても、単に刑事罰を軽減回避するためのパフォーマンスとしか思えません。

また、動物殺傷罪が厳罰化されたにもかかわらず、今回の処分はその趣旨が十分に考慮されているとは言えず、到底納得できませんでした。厳罰化後の裁判に、正しく比較する前例などあるはずもありません。

以上のことから、不起訴処分が不当であると考え、Evaは検察審査会に厳正な判断を求め、審査の申し立てをしました。その後、5月に審査申し立てが受理されたので、Evaは一般市民に向け、大阪第三検察審査会に嘆願書を送ってほしいと呼びかけました。
そして、7月29日、この申し立てを受けた検察審査会は、「不起訴処分は不当であり起訴相当」と議決しました。

書類送検されたから告発しなくてよいだろうと、もし私たちが告発していなかったら、不起訴処分を不服として審査の申立てをすることもできず、刑事手続きはそれでおしまいでした。不起訴になる可能性も考え、告発状を提出していて本当によかったと思います。

検察審査会の被疑者への判断を簡単にまとめるとこうです。

身勝手な動機であり、同情の余地は全くない。犯行は悪質で常軌を逸した残忍なものである。猫は幸い死には至らなかったものの、このような犯行は決して許されるものではない。また被疑者が猫の身体に水をかけて火を消したのは、猫を助けるためではなく、別の理由からであり、酌むべく事情は全く認められない。猫を動物病院に連れていく前に猫に火をつけたことを隠すような行動をしており、被疑者が犯行後本当に後悔の念を生じていたとは到底認めることはできない。被害猫の治療費を払ってはいるものの、その額は治療費の一部にすぎない(7月時点)。また、贖罪寄附を行っているが、これは、刑事処分を受けることを避けるためのパフォーマンスと言わざるを得ない。お金を払えば本件犯行が許されるものでもない。このような残忍な虐待をした被疑者には動物を飼う資格はなく、所有権を放棄することは当然であり、この点については全く被疑者に有利な材料として評価することはできない。

また、再犯についても、被疑者が今後も同様の行為を犯す可能性は十分にあり得る、と記されていました。 他にも、動物愛護管理法の動物殺傷・虐待罪が厳罰化されてきている経緯や、動物愛護に対する社会一般の意識の高まりを考えると、今回の事件はあまりにも悪質な犯行であり、ペットを飼育していない者にとっても痛ましい事件であることは間違いない。今回のような残虐な事件において適切な処罰がなされなければ、厳罰化の意義を損なうことになりかねない。被害猫は、たまたま死亡には至らなかったものの、一歩間違えば命を失ったかもしれず、その被害の程度は大きい。また、猫を飼うということは新たな家族を迎え、その命を預かるということであり、その命は人間の命と何ら変わらない。
命あるものに危害を加えてはならないことはもちろん、今回の猫は何らかの事情があって保護された猫を譲り受けたという経緯も併せて考えると、その行為に対する責任は非常に大きい。被疑者の本件犯行は残忍かつ悪質であり、犯行後の情状を考慮しても決して許されるものではない。よって検察官がした不起訴処分には納得できないので、上記趣旨の通り議決する、と締め括られていました。

議決書の全文を読んだ時、告発人である私たちの思うことと寸分の差もないことが大変嬉しかったです。検察審査会が、被疑者の不誠実さや、動物虐待厳罰化の趣旨をよく理解してくださったことがわかります。特に、「猫を飼うということは新たな家族を迎え、その命を預かるということであり、その命は人間の命と何ら変わらない。」という一文には、胸が熱くなりました。動物の命の尊厳について、同じ温度と価値観を共有していることが、動物福祉の未来への希望のように感じます。

今回、動物虐待罪が厳罰化されたその手ごたえを、初めて感じることができました。取材をしてくださった記者の方がおっしゃるには、検察審査会で起訴相当の議決はとても珍しいとのことです。それほど明らかに、起訴すべき事犯が不起訴になっていた、ということでしょうか。そして、動物の命に対する社会の捉え方が、確実に変わりつつあることを実感しました。

しかし、これで終わったわけではありません。今後、検察が再捜査して、もう一度「不起訴」になる可能性もあります。今回の議決が「起訴相当」ではなく、もし「不起訴不当」だったとしたら、再捜査の結果が「不起訴」になれば、それでおしまいでした。けれど、今回「起訴相当」となったことで、仮に再び不起訴になったとしても検察審査会でもう1度審査されることになります。そして「起訴相当」となれば、必ず起訴されます。検察審査会が「起訴相当」とした大きな意味は、こうした点にあります。

しかし今後、起訴となった時どれくらい厳罰化が反映された処罰が下されるかはわかりません。わずかな金額の略式罰金で終わることも考えられますが、法定刑内で厳正に、厳罰に処してほしいというのが私たちの思いです。ただ、最終的にどんな判決が出ようと、「起訴相当」という前例がつくれたことは、大変大きな意味のあることだと思います。(杉本彩)

※Eva公式ホームページやYoutubeのEvaチャンネルでも、さまざまな動物の話題を紹介しています。

  ×  ×  ×

 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。