堰の出土地点

 5世紀後半(古墳時代中期)に造られたとされる福井県若狭町脇袋の国指定史跡「西塚古墳」の周濠で、近くの山から注ぐ水を制御していたことを裏付ける堰(せき)の遺構が見つかったと同町が8月11日、発表した。直径約50センチの丸太を使っており、水をせき止めるほか、一定の水量をためるのに役立てたとみられる。同町などによると丸太を使った堰は全国にも例がなく、同町の学芸員は「周濠のある古墳は全国的に調査が進んでおらず、貴重な発見」と話している。

⇒【写真】西塚古墳の周濠で見つかった丸太の堰

 脇袋は東側に膳部山がそびえる緩やかな傾斜地。周濠のある前方後円墳は西塚古墳を含め4基が密集しており、周濠は水の制御に使われていたとの見方もあった。7月に土木工事の象徴である木製鋤が出土したことで、その可能性が高まっていた。

 西塚古墳は墳丘主軸が南北方向で、丸太は南方の前方部東端の周溝(幅約6メートル)の底(深さ約3メートル)で見つかった。発掘した同町の近藤匠学芸員(24)によると、周濠内に高低差があり、堰の東側は水を古墳の外に逃がし、堰を乗り越えた水は西側でためる役割を果たしていたという。「山が近く水の流れも強かったため、頑丈な丸太を使ったのかも」と推察した。

 水をためる必要性について、町内の古墳に詳しい高橋克壽・花園大学教授(59)は「周濠のある古墳は死後の世界をイメージした島を模して造られたため」と説明。また、「全国的には土で造られた堰が一般的で、丸太を使った例は聞いたことがない」と話していた。

 近藤学芸員によると、大和政権の中心だった近畿地方に周濠のある古墳が多いが、現在も水をたたえていることなどから、調査はあまり進んでいないという。「近年の調査で全国的に周濠が水を制御する役割を担っていると考えられてきたが、不明な点も多い。西塚古墳が貴重な例になるかもしれない」と話していた。

 西塚古墳は推定全長約74メートルで、1935年に国史跡に指定。町は復元整備を目的に、2020年秋から発掘調査を行っている。