飼育小屋で飼われていたウサギ。ウサギはデリケートな動物で、飼育はとても難しい

人間の管理下にいる動物の問題について、メディアやSNSなどを通じ、随分知る機会が増えたのではないでしょうか。特に、犬猫の殺処分問題については、多くの人が問題意識を共有するようになりました。しかし、まだあまり光の当たらない問題も数多くあります。その中の一つが「学校飼育動物」です。

関係者以外校内に入ることのできない学校では、飼育動物のお世話がおろそかになっていても、なかなか問題が表面化しません。そんな中、当協会Evaには、小学校に通うお子さんの保護者やボランティアの方から、情報やご相談が寄せられます。それにより学校飼育の実態を知り、強い問題意識を持つようになりました。そして5月に、文部科学大臣政務官の鰐淵洋子議員に学校飼育動物の問題をお伝えし、要望書を提出したばかりです。

そもそも学校飼育動物の目的は、情操教育の一環として、小動物と触れ合う機会を通し、子どもたちに思いやりの心を育むこと。しかし、当協会に寄せられた情報は、どれもそれとは程遠い耳を疑うような内容ばかりです。

ある方は、お子さんが小学校を卒業された後も13年間に渡り、校舎増築のために飼育小屋が取り壊されるまで、ボランティアをされていました。どれだけ尽力されても、最後の動物を看取るまで、その飼育管理の体制が大きく変わることはなかったそうです。

ずさんで荒れ果てていた飼育環境。餌は2カ月間切らしていることもあり、空腹でニワトリのケンカが絶えない。野菜が腐っていることも判らず、ウサギに食べさせていた子どもたち。腫瘍がありお腹が腫れて、毛が抜け落ちたウサギは治療もされず、空っぽのお皿を噛み続ける。足の悪いアヒルを子どもは面白そうに追いかけ、ニワトリは空に飛ばして遊ぶ。チャイムが鳴ると飼育小屋に鍵もかけずに教室に戻る。飼育委員とは名ばかりの活動で、そこに教師の姿はなかったそうです。

学校は、「ボランティア精神を育てる」という目的で、子どもだけに世話を一任していました。このような厳しい環境でも、ニワトリはたくさん卵を産んで、ヒナを上手にかえして増えていったそうです。

当時の校長に、飼育委員には毎回先生が付いて最後の確認をしてほしいとお願いしても、動物に対する興味も知識もなく、「草食動物には配合飼料も水も要らない、葛の葉だけ食べさせておけばいい」と、誤った持論を展開するばかり。近くに葛の葉など生えているところはなく、給食の残りが出た時だけ野菜が与えられていたそうです。

この学校の飼育委員会を担当するのは、新しく赴任してきた先生ですが、受け持ったところでマニュアルがあるわけでもありません。適正にお世話されず、動物たちは体調を崩して死に、死んだら生徒の目に触れないよう早々に処分。近くの別の小学校でも、夏休み前まで元気に鳴いていたニワトリたちの声が、休み明けには消えていたそうです。飼育員不在の長期休みに餓死したことが疑われます。学校飼育動物の専門書や参考になる資料を渡しても、読んでもらえたかもわからなかったとのこと。

飼育動物に理解ある先生がいた時には、ボランティアとのコミュニケーションも円滑で、動物が病気になった時も、医療費を行政に交渉してもらい治療を受けることができたそうです。

反対に、動物に興味のない校長や教頭の時代には、学校への提言をすれば煩わしく思われ挨拶さえもしてもらえない。病気のことなど、とても言える雰囲気ではなく、そのため、上に立つ人間の人柄や方針で大きく飼育環境が左右されたということです。

鳥インフルエンザが問題になった時からは、子どもが動物に関わることも近づくことも禁止になり、心ある先生だけがお世話していましたが、毎年のように異動や退職があり、安定した体制づくりができず、教育現場で適正に動物を育てることの難しさに悩んだ日々だったそうです。これは特別な事例ではありません。他にもさまざまな情報が寄せられています。

学校飼育動物として、ウサギが飼われていることが多いのですが、ウサギ飼育の適正温度は、18℃~24℃と言われていて、飼育の難しいとてもデリケートな動物です。今の日本の気候での屋外飼育は、ウサギにとって非常に過酷。湿度にももちろん配慮が必要です。また、歯が伸び続けるので、かじり木を噛むことで歯の長さを適切に保ち、ストレス解消にもつながります。ウサギに必要な栄養素である牧草も常に食べられるようにしてあげなくてはなりません。しかし、ウサギの飼育をしている学校で、この適切な環境を実現できているところはあるのでしょうか。非常に疑問です。なぜなら、温度管理のできない屋外のウサギ小屋での飼育だからです。

ある小学校では、ウサギをさらさらの砂の上で飼育しているため、生まれる度に砂に生き埋めになり、飼育員の子どもがその死骸を見つけるという繰り返し。情報をくださった方が小学生だった時代から、現在も同じ状況。当初から、そんなウサギを可哀想だと思っていても何もできず、生き埋めになることが当たり前となり、諦めの気持ちで小学校を卒業したそうです。

また、ある方の情報によると、その市は、獣医師の指導もなく、冊子を作っているのみ。そんな市にある小学校のウサギ小屋は、劣悪な環境だそうです。ゴミと破損した掃除用具、たくさんのビニール手袋が小屋にあり、餌箱にはゴキブリがいる。ビニール手袋は直接動物を触らないためで、使用後の手袋をウサギがかじっている。消化器官につまったりすれば、死に至るかもしれないと危惧されていました。また、ニワトリもウサギも同じ飼育小屋にいるため、ニワトリがウサギを突くのでケガをする。衛生面にも問題がある飼育小屋なので、免疫力の弱い子どもたちは、鳥インフルエンザなどの人獣共通感染症などにも注意が必要と、問題を指摘されています。このように教師たちの虐待とも言える飼育を子どもたちはどう見ているのか、こんな劣悪な環境で飼育する必要があるのか、と学校飼育動物の存続そのものを疑問視した内容でした。

また、ある保護者から相談を受けたウサギ専門店の方が、飼育環境の改善を教頭にお願いするも、「予算がない」の一点張り。草もない飼育環境に相談者である保護者の方が心を痛めていました。

生体に必要な主食や繁殖管理は飼育する以上、最低限必要な知識です。しかし、ウサギが過剰繁殖し、飼育環境が悪化。学校がなんの知識も持たず飼育しているため、毎年どこかの学校で過剰繁殖による飼育崩壊が起きているそうです。学校側の無知と学ぶ気力の欠如。繁殖管理をしていない学校でウサギが増えなかった場合、それは管理の悪さから死なせているだけ。それなのに、増えていないからと問題意識を持つこともない。何を言っても響かない学校との不毛なやり取りに疲れてしまった、とのご相談でした。

大正時代から動物を飼う学校が増え始めたそうです。当初の目的は仕事をやり遂げるための「勤労的な経験」をすること。現在は生活科の学習指導要領で「動植物の飼育・栽培」が決められており、「命の大切さ」を学ぶという目的があります。

しかし、その目的は果たされているのでしょうか。それどころか、本来の目的とは真逆の、動物の命への軽視があります。弱き存在の、他者の痛みと苦しみを思いやらなくてもよい、と言っているようなもの。そんな間違った大人の姿勢を、子どもたちに見せているのです。これが正しい教育現場の在り方と言えるでしょうか。

文部科学省は、動物の種類は定めていません。学校飼育できない場合、動物を借りてもよい、としています。最近では、飼育が難しく世話が大変なウサギから、メダカなどの魚類を屋外の池や、教室の水槽で飼うことに移行しています。

その主な理由は、働き方改革により教員の負担を増やせないことにあるようです。長期の休暇や土日の世話も大変です。その他、動物が病気やケガをした時の医療費などの予算が、大半の自治体で確保されていないため、処置が困難であること。獣医師のボランティア頼みでは不充分です。たまたま協力してくれる獣医師がいたので治療してもらった、そんな運に頼るようなことがあってはならないはず。また、子どものアレルギーや動物由来感染症のリスクも理由にあります。

しかし、まだ根強く、学校飼育動物の存在が「命の大切さや他者への思いやりを学ぶ貴重な経験になる」との考えがあるようです。もちろん、適正な飼育管理の下、命の尊さについて、温度を持って伝えられる教師がいれば、その目的は果たされるかもしれません。けれど、学校飼育動物のリアルな現状を知って思うことは、この教育は今の時代にそぐわない、ということです。気候変動で災害が多いこともその理由です。

それでもなお、学校飼育動物を文科省が推進するのであれば、動物愛護管理行政を所管する環境省や、感染症対策を担う厚労省と共に、飼育管理基準と管理体制について、厳格な指導と、災害時の対策や避難まで含めた制度化が必要だと思います。

動物を通じた命の教育は、課外授業でも可能です。自治体の動物愛護センターで、ふれあいを含めた授業をしているところもあります。また、民間の動物愛護団体に、日々の活動や動物の置かれている現状を話してもらうことで、子どもたちは命への責任を学び、動物の気持ちに共感します。当協会も「いのち輝くこどもMIRAIプロジェクト」と題して、学校に出向き授業を行っています。(今はコロナ下によりできませんが)

私たちEvaは、最終的には学校飼育動物を廃止すべきだと考えています。そのほうが、学校や教師の負担は減り、劣悪な飼育環境に心を痛める子どもも保護者もボランティアさんも救われます。命の扱い方を知らない大人の、間違った姿に悪影響を受けずに済みます。そして何よりも、動物たちは飢えと渇き、苦痛や不快から解放されることでしょう。病気やケガをしたら、すぐに病院に連れて行ってくれる飼い主の下、恐怖や不安を感じることなく、正常な行動を制限されないことが、国際的な動物福祉の基本原則です。

予算のない中、学校飼育動物を飼うことは、お金がないから、と病気のペットを治療しない飼い主と同じです。また、夏休み中のネグレクトや餓死は、長期休暇で旅行に行った飼い主が、ペットを家に放置して死なせてしまうのと同じです。どちらも一般飼い主なら非難轟々。明らかに動物愛護管理法違反です。それなのに学校飼育動物は、教育という大義の下搾取され続け、その罪が見過ごされてきました。
今も校庭の片隅で、懸命に生きている動物たちがいます。
もし、お子さんの通う小学校で、動物の飼育環境が酷いと感じたら、どうか学校に改善または廃止を要望してください。保護者の声が届き、廃止が決まった事例もあります。

教育現場には、命の大切さを教える教育とは何なのか、形骸化した教育ではなく、その本質に目を向けてほしいと思います。(杉本彩)

※Eva公式ホームページやYoutubeのEvaチャンネルでも、さまざまな動物の話題を紹介しています。

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。