梅雨が明けて夏本番。小浜の夏といえば、やはり海だろう。僕は、初めて小浜に来た時に見た海の美しさに衝撃を受けたのを、今でも鮮明に覚えている。久須夜ケ岳と大島半島が海を抱くようにして伸び、海面は湖のように穏やかで、山と海が一体となった景色は、それまで見たことのないものだった。

 その若狭湾の海に面して、小さな漁村集落が点在しているのが、小浜市の内外海(うちとみ)地区だ。

 小浜湾の内海の集落では、波が穏やかな環境を生かして牡蠣が養殖され、小浜湾の外海の集落では、海流の流れを生かした定置網漁や、波陰になった場所でフグやタイなどの様々な魚の養殖が営まれている。また、磯では春はワカメ、夏はサザエやアワビがとれ、冬になると各家庭でサバのへしこが漬けられる。

 このように、内外海地区には集落ごとに実に多様な海の環境があり、それぞれの浜の特徴を生かした漁業の営みがある。

 この小浜の海の魅力を満喫できるのが「民宿」だ。

 昭和の中頃からの海水浴ブームを機に、小浜をはじめとした若狭の海沿いの集落では、どの家も民宿を営み、「廊下でいいから寝かせてくれ」と言われるくらい多くの客が来たそうだ。

 しかし、海水浴ブームが去り、道路が良くなって日帰りでも海を楽しめるようになると、徐々に民宿の宿泊客は減少してきた。

 さらに、観光スタイルの変化も追い打ちをかけている。民宿の売りの一つは新鮮な魚が安くお腹いっぱい食べられることだが、今は、良いものを適度な量食べたいというニーズが高く、大広間をふすまで仕切ったプライベートのない部屋を好まない観光客も多い。

 オーナーが高齢化して営業をやめてしまう民宿も多く、近年、その数は急激に減少している。

 民宿が消滅の危機にある一方で、僕は、漁村集落の暮らしの中に溶け込み、若狭の海の本当の魅力を肌で感じられるという「民宿」最大の魅力は変わっていないと思っている。むしろ、「そこでしかできない体験をしたい」というニーズが高まる昨今、その価値はむしろ高まっているのではないだろうか。

 内外海の多彩な海の暮らしに魅せられた僕は、これまでの民宿の良さに、施設面などの足りない部分を補いつつ、食や体験などの新しい価値を加えることで、「新しい民宿のかたち」をつくれないかと思うようになった。

 そのような取り組みを一緒にできる人を探す中で手を挙げてくれたのが、内外海地区の集落の一つ、志積(しつみ)で民宿を営んでいた漁師の西川徹さんだった。

 全11戸の小さな集落・志積では、かつては全ての家が民宿をしていたそうだが、今や民宿は2軒のみとなっていた。

 そして、2年半の構想策定と工事を経て、昨年の10月、「海のオーベルジュ志積」がオープンした。コンセプトは「未来へつなぐ漁村の暮らし」だ。

 西川さんの民宿「久兵衛」は綺麗な部屋や海の見えるお風呂、人が交流するラウンジを備えた本館となり、かつては「民宿の離れ」だった2軒の空き家は、貸し切りスタイルの別館とレストランに生まれ変わった。このレストランでは、目の前に若狭湾の絶景が広がり、西川さんが自ら獲ったタコの「タコ飯」をはじめ、内外海で獲れた魚介類をふんだんに使った食事が楽しめる。

 そして、迷路のように細い路地が入り組む志積集落を巡り、軒先に干されたワカメや漁船が港を出入りするのを眺めるなど、漁村集落の暮らしを感じるのも楽しみの一つとなっている。

 志積の取り組みはまだ緒に就いたばかりだが、若狭の民宿と漁村の再生は待ったなしだ。今後は、志積にとどまらず、若狭地方の暮らしの魅力を改めて見つめ直すことで、より多くの方々と「新しい観光のかたち」をつくっていきたいと考えている。

⇒エッセー「時の風」一覧

 【みこしば・ほくと】1984年長野県伊那市生まれ。京都大学大学院農学研究科修士課程修了。2009年農林水産省に入省し環境保全型農業や担い手育成、再生可能エネルギー、スマート農業などを担当。15年から3年間、福井県小浜市役所に出向。19年同省を退職し、小浜市へ移住。