ご縁という言葉は誰でも知っていますが、「どういう意味ですか」とあらためて尋ねられるとなかなか答えるのがむずかしい。「縁談」とか「良縁」とか「縁日」とかめでたい言い方もありますが、中には「腐れ縁」、「縁切り」などというぶっそうな使い方もあって、とにかくなにかの「繋(つな)がり」であることは分かるのですが、ただの人間関係というわけでもなくて、ちょっと不思議な、人の力を越えた繋がりといった感じです。これはインドから来た言葉で、最初は「ものごとの原因」という無味乾燥な意味だったのですが、そこに日本人は、もっとしっとりした潤いのある意味づけをしました。思ってもいなかった人と、思ってもいなかった関係ができて、それが自分の生き方に、思ってもいなかった結果をもたらす、そんな状況が「ご縁」の意味でしょう。人はご縁と出会い、ご縁のおかげで人生を豊かで楽しいものにすることができるのです。

 ご縁の不思議なところは、その力が即座には分からなくて、あとになって振り返った時にはじめて「ああ、あれはご縁だったんだなあ」と理解できるという点です。たまたま出会って、その時は気にも掛けなかった人と次第にお付き合いが深まり、やがてなくてはならない大切な人になる。その時やっとそれがご縁だったと悟るのです。私も自分の過去を振り返ってみると、山ほどの不思議なご縁と出会ってきました。そしてそれがしっかりと私の人生を支えてくれていることを実感します。よく「ご縁を大切にしましょう」などと聞きますが、それは決して宗教くさい訓話なのではなく、本当に私たちの一生はご縁の上に成り立っているのです。

 昨年からの新型コロナ禍で、私たちの暮らしは随分変わりました。一番の変化は、人と人が直接会って話をする機会がとても少なくなったことです。大勢で集まることも許されず、みんなで楽しくおしゃべりするのも気が引けて、マスク越しのモゴモゴ話では出会いの楽しみも半減です。しかしだからといってじっとしていては、なにも起こりません。こんな時にこそ私たちは良いご縁と出会うための精一杯の努力をすべきでしょう。

 幸い、今はインターネットがあります。いろいろな機能を使って、自分のことを外に発信したり、逆に世界中の人たちからの情報を受け取ったり、直接の出会いはなくても無数の人たちとのご縁はつながります。電話が発明されて、どれほど人と人の繋がりが広がったかを想像するなら、その何千倍何万倍ものパワーがあるネットを使えば、コロナに負けることなく私たちは良いご縁をどんどん結んでいくことができます。もしもまだインターネットのない時代にコロナが出現していたら、どれほど不自由な暮らしになっていたかと考えるとぞっとします。それがネットのおかげで広大な出会い空間が維持でき、むしろ出歩く時間が減った分だけ、ネットを通した交流に参加する機会が増えたとも言えるでしょう。

 ただし、ご縁には「悪縁」というものもあるということは絶対に忘れないでください。ネットには悪縁の罠(わな)もいっぱい溢(あふ)れています。それに惹(ひ)かれ、絡まれ、取り込まれることのないようにしなければなりません。そしてそのためには、善と悪の区別ができる知恵を身につけ、穏やかで揺れない心を養うことがなにより大切です。それはまさにブッダが私たちに教えてくださったこと。ブッダは、「尊敬と温和と満足と感謝と学びのある暮らしこそが最高の幸福だ」と説きました。自分でご縁を見つけねばならない今だからこそ、そんな心がけで最高のご縁を探していきたいと願っています。

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 【ささき・しずか】 1956年福井県坂井市三国町生まれ。京都大学工学部工業化学科および文学部哲学科卒。京都大学大学院博士課程満期退学。文学博士。専門は仏教学。著書に「出家とは何か」「犀の角たち」「日々是修行」「般若心経」「ブッダ 真理のことば」「真理の探究」「宗教の本性」など。YouTube動画配信中。