東京五輪バレーボール男子の日本代表に選ばれた清水邦広

 日本バレーボール協会は6月21日、東京五輪の男子日本代表12人を発表し、福井県勢は2008年北京五輪代表で福井工業大学附属福井高校出身の清水邦広(34)が選ばれた。チーム最年長で唯一の五輪経験者。清水は「チームを落ち着かせたり変化させられるように、ベテランならではのプレーをしていきたい」と誓った。

 第一線を走り続けた34歳の体はぼろぼろだ。故障に次ぐ故障。「もう辞めたい」と諦めかけたこともある。それでも、ベテランとして「役割がある」と信じた。21日、東京五輪男子代表12人に選ばれた清水邦広。全敗に終わった北京五輪を知る唯一の男が、プレーで、気持ちで、ニッポンの大黒柱になる。

 「僕はまだ成長できる」。代表選考を兼ねた国際大会「ネーションズリーグ」を控えた4月下旬の会見。強がりではなく、本気だった。今季のVリーグで記録したアタック決定率は55%、サーブ得点は41で、ともに全選手中5位。ネーションズリーグでも12戦中10試合(20日現在)に出場し、左腕から強烈なスパイクを見舞った。

 試練の連続だった。ロンドンに続いてリオデジャネイロ五輪も予選で敗退し、日本代表主将として「悔やみ切れない」と責任を痛感した2016年。東京五輪へ奮起を誓うも、その年末、右足首を疲労骨折しチームを離脱。さらに18年2月、右前十字靱帯(じんたい)を断裂した。「選手生命もここまでか」

 絶望の中で、改めて家族や地元の声援のありがたさを知った。「バレーが好きだという初心も思い出せた」。1年に及ぶリハビリに耐え19年度、3季ぶりに代表復帰した。

 若いころの体力はない。345センチあった最高到達点は15センチも低くなった。代わりにテクニックを磨き、硬軟交ぜてブロックを崩す。一方、強みのサーブは中垣内祐一監督(53)に「格段にレベルアップしている」と言わしめるほど、さらに進化を遂げた。

 北京大会に出た同い年のチームメート、福沢達哉(34)は落選した。「彼がいたから、もう一度はい上がれた」。盟友の思いも背負う舞台だ。「プレッシャーの中でいかに自分たちの持ち味を出せるか、教えられるものは教えていきたい」。背番号「1」が決意を込めた。