学生時代の学生交流も含めると、アフリカとの付き合いはすでに40年を越えるものになったが、そのフィールドワークの記憶の中でも、忘れられないものの一つは、「幸福」についての議論である。今では「幸福論」は世の中のちまたで語られる。福井でも「幸福度日本一」という言葉は、声高に語られている。アフリカでの「幸福」に関する議論の場は、ザイール川(現コンゴ川)の船上であった。

 そこに参画したのは、県立大学の初代の学長の坂本慶一先生、三代目の学長の祖田修先生、そして世界中を旅してきたともいえる鳥取大学の津野幸人先生という三人の農学の碩学(せきがく)で、そのころ院生であった私もその議論の末席に参画した。津野先生は極めてユニークな発想を持った方で、またおおらかでムードメーカーでもあったが船旅を楽しんでいた私をつかまえて「杉村君、君はアフリカについては私よりも経験があるのでぜひ聞いてみたいことがある。アフリカは、本当に貧しいのだろうか。私も世界のあちこちを回ってきたが、アフリカの人ほどいい笑顔をしている人たちを見たことがない。こんないい笑顔をしているアフリカの人たちを貧しいと言っていいのだろうか」。

 この津野先生の問いかけを出発点にして、船上では、「幸福」論の談議に花を咲かせた。そして議論の末に、皆で人が腹の底から笑っているかを尺度にした「幸福を測る笑度計」という“計測器”を作りだした。「笑度計」で測れば世界の人びとの幸せはどのように捉えられるのか。議論はまず「アフリカと日本」の比較から始まったが、「アフリカとヨーロッパ」「ヨーロッパと日本」「東南アジアとアフリカ」…という形で広がっていった。

 そして「笑度」という視点から捉えるならば、日本は健康長寿でGDP(国内総生産)も圧倒的に高いがやはり「笑度」はアフリカにはかなわないだろうということになった。

 今では船旅の出発点になった、ザイール川中流のキサンガニの街が、「赤いゴム」(ゴムの採取ができなければ手首を切り落としていく)といわれるような壮絶な植民地支配を受けてきたことを知っている。また独立後もコンゴ動乱の過酷な世界を生きてきた。そのことを知るにつれ、その歴史を駆け抜けて、手放すことのなかった彼らの高い「笑度」の意味と力とは何かを何度も問い直すことになった。

 アフリカの研究を重ねる中で、歴史の中の苦しみをくぐりぬけてきたザイールの人たちの笑顔の背景の一つには、モノを与えることを知っている人たちの心が刻まれているように思った。日常の共食の慣行を軸に、分かち合う人の厚い人の間の繋(つな)がりが、困難な生活の中でも生きる人たちの間に安心を与え、そこには未来へと共に生きていくことの希望があり、SDGs(持続可能な開発目標)が掲げるような誰一人取り残さない世界が展開していた。

 私がアフリカの人たちから教えられたことは、分かち合うことが作り出す、喜びと楽しみの世界であった。かりに小さなパンであってもそれを分け合って食べれば、楽しみが生まれる。人は一人では遊べないし、楽しめない。そこには分かち合う世界が作り出す笑顔があり、それがアフリカの生きる哲学だった。日本一と言われる幸福度の福井の中で、その幸福は底抜けの笑顔で飾ることができるだろうか。

 一昨年、福井新聞の中で、幸福度日本一の中の福井の不幸に関するすぐれた記事が掲載された。福井の暮らしの中で実感できない「幸福度」の背景には、自由のなさや男性社会の中での女性たちの過労状況があることが指摘されている。 

 21世紀は、20世紀の競争の時代から幸福を志向する時代へと向かうのではないかともいわれるが、その幸福像の中には、腹の底から湧き立つような笑顔がぜひともあってほしいと思う。福井の日本一の「幸福度」もはじける笑顔に支えられてこそ誇りうるものになるだろう。

 すぎむら・かずひこ 1958年高知県生まれ。京都大文学部卒。京都大大学院農学研究科修士・博士課程修了。農学博士。専門は文化人類学、農業経済、農村社会学。アフリカ農民の価値体系について研究。4月から福井県立大図書館長。森のエネルギーフォーラム理事長。著書に「アフリカ農民の経済-組織原理の地域比較」。