地元の女性たちと葉ずし作りをする松平さん=3月21日、福井県福井市畠中町の「かじかの里山殿下」

 「おいしくなあれ」。アブラギリの葉に載せた五目ずしを、両手で拝むように包み込む。もう一度「おいしくなあれ」と声に出す。

 週末の早朝6時。福井県福井市殿下地区の女性たちが地元の施設に集まってきた。同地区では昨年7月、一時途絶えていた郷土料理「葉ずし」作りが復活し、直売所に卸している。仕掛け人の一人が地域おこし協力隊の松平裕子さん(47)だ。

 地元出身の夫の成史さん(47)のUターンに合わせ2018年11月、東京から同地区に移住した。都会ではペーパードライバー。運転に慣れるまで1年かかった。虫はどれも大きく、道を歩くイノシシの姿を見た時は衝撃だった。

 東京の企業では秘書として勤務した。やりがいはあったが、一通りの経験はした。地域の風土や文化を残していく協力隊の仕事は、新鮮で魅力的に映った。

 職人がいなくなれば技術が消滅する。ビジネスの世界で厳しい現実を間近に見てきた。「だから、葉ずしを次世代につなげたい。そうすれば集落も残っていくのかなと思った」。住むほどに地域への愛着が深まっている。

 転機は子どもが生まれた2013年。松平さんは仕事を続けるため、保育園は第10希望まで書いた。やっと入れたが不便な場所だった。

 朝、子どもをおぶって自転車で15分、保育園から電車の駅までさらに15分、勤務先には電車で40分。帰りも同じルート。雨の日も、風の日も毎日往復した。企業のトップの考えが垣間見える秘書の仕事は刺激的だったが、ふと「私は東京で何してるの?」と思った。

 18年11月、地域おこし協力隊として福井市殿下地区にやって来た。しかし、昨年は新型コロナウイルスの影響で地域の行事は軒並み中止。「自分には何ができるだろう」と考え、地区の主婦らでつくるグループとともに「葉ずし」作り再開に向け動いた。包装に使う葉のイラストをあしらったシールは、知り合いの協力隊員に作ってもらい、同市黒丸町の越麺屋で土日に販売している。

 地区の高齢化率は5割を超え、医療も大きな課題。唯一あった診療所は数年前に閉鎖になった。高齢者たちは10キロ以上離れた病院に車やバスで通い、その途中で事故に遭った人もいた。訪問診療をしている医師に話を持ち掛け、オンライン診療を実現した。「過疎地でもITの力を活用すれば、未来につながる。教育にも生かして都市部と過疎地がITで交流すれば、互いに学び合えるはず」

 ここには畑を耕し、とれたての野菜を口にできる暮らしがある。海が近く、おいしい水や空気もある。自宅は農家民宿で、国内外の観光客を受け入れてきた。一緒にまき割りをしたり、料理をしたり。「目立った観光スポットはないけれど、地域の人たちと交流しながら暮らすように滞在してもらいたい」

 コロナ禍でさまざまな不便が生じても、小さな循環経済、自給自足の社会は強いと思う。7歳の息子は細い木を積み、杉の葉や小枝を使ってまきストーブの火を付けることができる。わが子ながらたくましい。

 暮らしのすべてに満足しているわけではない。都市には都市の魅力がある。でも「あの満員電車には、もう乗りたくない」。福井に来て、子どもと過ごす時間が増えた。「今は、ここで子育てして良かったなと思える殿下地区にしたいんですよね」