【杉本彩のEva通信】ペットロス…遠い克服 後悔しない介護を尽くすも止まらぬ涙

食料品の買い物を終えた帰り道、不意に悲しくなって、胸の奥がぎゅっと痛くなる。涙が溢れそうになって、マスクの中は鼻水で湿気てしまう。食材を見ると、犬たちが好きだった手作りフードや、喜んで食べてくれた姿を思い出してしまうからだ。

家にいる時も、突然寂しさが込み上げてきて、止めどなく涙が溢れてくる。家の中の至るところに、天国へ旅立った犬や猫たちとの思い出があるからだ。

そんな時は、まだ納骨していない骨壷の前で、大きな声を上げて泣く。涙が枯れ果てるまでとことん泣く。

そうして体力が奪われたら、頭が空っぽになってぼんやりする。だから何も考えられなくなる。そうやって、自分を苦しめている感情を心から追い払う。

そして、しばらくしたら立ち上がり、今やるべきことを淡々とこなす。

こうやって、私は今またペットロスの悲しみを乗り越えようとしている。

幸いにも今、私は一人で居ることが多いので、自分の感情と向き合い、みっともないまでにその悲しみを吐露することができる。そして、これを何度も何度も繰り返し、少しずつその間隔が長くなって、その先にようやく心穏やかな時間が訪れる。

たくさんの別れの経験から、こうやってペットロスを乗り越える術を学んだ。

乗り越えるまでどれくらいの時間がかかるか、それは人それぞれだ。私自身も、その子とどう向き合い、どう看取ることができたか、それによって必要な時間は違うし、その時の自分が置かれている環境や状況によっても大きく影響を受ける。だから、これだけの時間があれば大丈夫というものでもない。 

今の私はというと…。

正直、今までにない苦しさを感じています。

2019年には2匹の愛猫、2020年には1頭の愛犬と2匹の愛猫を見送り、そして今年3月1日には9ヶ月に及ぶリンパ腫の闘病生活の末に、14歳の愛犬きなこを看取りました。虚弱だったこたろうという猫を除いては、どの子も高齢。介護の期間はそれぞれでした。

2001年から現在まで、13匹の猫と2頭の犬を看取り、また、この3年間は別れが続いたことで、心身ともに辛い時期を過ごすことになりました。

そして今も、きなこが逝って間もなく、14歳の愛犬でんじろうが肺高血圧症を患い、検査と投薬が欠かせない日々です。一日のほとんどを、レンタルした酸素ボックスの中で過ごしています。

今も多くの時間を介護に費やしていますが、特に、リンパ腫を患った愛犬きなこの闘病生活は長く続きました。

フレンチブルドッグ特有の短頭種気道症候群が悪化し、呼吸困難で失神するようになりましたので、楽に呼吸できるよう、外鼻孔・軟口蓋・喉頭小嚢を切除する手術を受けました。そしてその後、回復を待ってリンパ腫の治療を開始。入院、通院、自宅での投薬、抗がん剤治療、食事やサプリメントも厳選し、水にもこだわり、とにかく私ができることのすべてを全身全霊で尽くしました。

高額な医療費はもちろんですが、コロナで自粛生活だったので、多くの時間とすべてのエネルギーを介護に費やせたのは、私にとって幸運なことだったと思います。

きなこは、年に一度の検査をきっかけにリンパ腫だとわかりました。何もしなければ余命1ヶ月。元気な愛犬を目の前にして、受け入れ難い宣告でした。信じたくないという思いもあり、とても動揺しました。

きなこにとって何が最善なのか…。進行の早い肝脾型のリンパ腫なので、ゆっくり考える時間はありません。悩んだ末に、もう少し一緒にいさせてほしいと願う気持ちが、積極的な治療を決断させました。

手術を決める時も、抗がん剤治療を選択する時も、その後、抗がん剤を止める時も、言葉を話さないペットの代わりに、飼い主が選択をしなければならない、その責任の重さをいつも痛感します。

私の選択が、きなこを苦しめるだけの延命にならないよう、QOL(生活の質)を保つことを最優先に考えているつもりですが、きなこの気持ちを聞くことはできません。だから、どれだけ考えても正解はわかりませんし、もしかしたら、正解なんてないのかもしれません。

ただ、私にとっては、人と同じ我が子のような存在ですから、どこまでも可能性を信じて全力を投じたいという思いがあります。けれど、同じ飼い主でも、抗がん剤といった積極的な治療による延命をしない、という選択をする人もいるでしょう。もっと言えば、欧米では完治が難しいと、闘病の苦しみを少しも与えてはいけないという考えから、安楽死を選ぶと聞きます。

考え方や文化、ペットが自分にとってどういう存在か、その違いによって選択も異なります。だから、何が正しいかはわかりません。一つだけ間違いのないことは、どんな選択をする時も、痛みや苦しみの緩和を最大限に行うべきだ、ということです。

今も私は、介護に全力です。食べてくれない時には、何種類も食事を作り、それでも駄目な時は、市販の良さそうなものを探し、一つの手抜きも妥協もしたくない自分がいます。どうすれば少しでも良くなるのか、どうすれば幸せで快適に過ごさせてあげられるのか、そのことを常に考えます。こうして、どこまでも尽くしたいという思いや力が湧いてくるのは、もちろん、かけがえのない大切な存在であるからですが、もう一つは、何よりも「絶対に後悔したくない」という、強い思いがあるからです。それでも、思いも寄らないことが起こり「どうしてあの時気づけなかったんだろう」と、自責の念に苦しむことがあります。なかなか理想通りにはいきません。

それでも「後悔しないように」と、ペットの命と向き合うことが、ペットロスを重症化させないためにも大切だと思っています。そう思うようになったのは、20年前の愛猫の死がきっかけでした。

心臓病で愛猫エルザを10歳で亡くしました。悲しいだけでなく、どうしようもない自責の念に、辛くて苦しい日々が続きました。来る日も来る日も泣き暮らし、この苦しみがいつか和らぐとはとても思えず、すがるような思いで家族に答えを求めたこともあります。

治療すれば元気になって退院し、また元の日常に戻れると、なんの疑いもなく思っていましたので、ある日面会に行って悪化しているエルザに愕然としました。パニックになりそうな自分をなんとか制しながら、すぐに大学病院へ向かいました。ですが手遅れで結局、転院したその日に息を引き取りました。エルザの亡骸を胸に抱きしめながら、号泣して帰ったあの日の心の痛みは、今も忘れられません。

甘えん坊で、毎晩私を待って一緒にベッドで眠る子でしたから、最期の時も立ち会えず、入院している間もずいぶん寂しい思いをさせたのではないかと思います。

「もっと早く大学病院に行っていれば…」「もっと早く体調の変化に気づけていれば…」そんな思いが増幅してのしかかり、心が押し潰されそうになりました。もちろん、最初から大学病院に行っても100パーセント助かったかはわかりません。けれど、最善を尽くせなかったことは確かでした。

その頃の私は、仕事やプライベートにも悩みが多く、そんな自分だからこの結果を招いたのだと、自分を責め続けました。その苦しさから食事を取ることもできず、仕事で仕立てた衣装のウエストは10センチほど大きくなってしまいました。

その頃、友人でありマネージャーだった今の夫に、喫茶店に連れ出され、無理矢理オムライスを口に押し込まれて、泣きながら飲み込んだことも鮮明に覚えています。あの時の苦しみは、私の教訓となって心に刻まれました。二度とあんな思いはしたくない。その辛い記憶が私を動かしているのだと思います。

自分の限界まで介護することがいいのかどうかはわかりません。でも、少なくとも私にとっては、これがペットの死と向き合う心の準備であり、ペットロスを乗り越えるための、唯一の道であるように思います。

動物と暮らしていない方にはなかなかご理解いただけないかもしれませんが、ペットを家族として愛し、たくさんの幸せな時間を共にした人には、とても深刻な心の傷となってしまう、大きな問題なのです。

もし、身近にペットロスで苦しんでいる人がいらしたら、どんな慰めの言葉も、その時は届かないかもしれません。特に、一緒に暮らす夫婦や家族は、そばでふさぎ込んでいる姿を見ると、何か魔法のような言葉をかけたくなるでしょう。早く回復してほしいと願うばかりに、良かれと思う言葉が、かけられたほうにはプレッシャーとなり、気持ちがすれ違うこともあります。皆悲しみを感じていても、同じ温度で共有するのは難しいものです。家族の苦しんでいる姿を見続けるのは辛いものですが、何も求めず、ただ、その悲しみにそっと寄り添ってほしいと思います。

そして今、ペットロスで苦しんでいる方がおられたら、我慢せず、周りに迷惑だなんて遠慮せずに、思いっきり泣いて、その苦しみをすべて吐露してほしいと思います。どれだけ時間がかかるかは誰にもわかりません。でも、いつの日か必ず、悲しみが温かな思い出に変わることを信じてほしいと思います。

公益財団法人動物環境・福祉協会Eva
代表理事 杉本彩

※Eva公式ホームページやYoutubeのEvaチャンネルでも、さまざまな動物の話題を紹介しています。

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。