吉田さんが改修を進める納屋の窓の外には、思い描いた自然の風景が広がっている=3月22日、福井県南越前町

 福井県南越前町の山際で20年以上空き家だった2階建ての納屋。土壁の穴から光が差し込んでいたが、柱や梁(はり)は傷んでいなかった。横浜市在住の吉田智彦さん(52)、かおりさん(44)夫婦は昨夏、自分たちで納屋を改修し移住すると決めた。

 ともに東京出身。智彦さんは自然と人間の関わりを取材するノンフィクションのライター、かおりさんは登山が趣味の会社員。「いつか自然に寄り添った暮らしがしたい」という共通の夢があった。

 昨年、智彦さんの仕事相手だった出版社が倒産。直後に首都圏を新型コロナウイルスが襲った。経済的な打撃を受け、持続化給付金を申請した。「お金とモノを交換する暮らしをただ続けても、きっとまた行き詰まる」(智彦さん)。手元に届いた100万円は都会の生活を持続させるためではなく、夢を実現するために使うと決断した。

 移住先を探してたどり着いたのが、智彦さんの父親の古里。「無理なら諦めればいいとは思っていない。早くここで暮らしたい」。ぼろぼろの納屋を前に覚悟を決めた。

自然の循環に合わせる暮らし

 移住を決めた築63年の納屋の前を横切る渓流には、思い出が詰まっている。小学生の夏休み、智彦さんが帰省すると、せせらぎで洗濯する祖母の脇を通り過ぎる魚群が光って見えた。中学生の時は川の中に椅子を置いて読書した。長野や和歌山も検討したが、最終的に南越前町を選んだのは、単に自由にできる建物があったからだけではないと今は分かる。

 昨年8月15日、智彦さん一人で作業を始めた。祖母が亡くなって20年以上になる。傷みの激しい母屋の改修は諦め、2階建ての小さな納屋に狙いを定めたが、のこぎりと金づち以外の工具を使った経験はゼロ。「年内に住めるようになる」という見通しの甘さに、すぐに気付いた。

 納屋の古い農具を運び出すだけでも大仕事。経費削減のため、外壁を貼る足場は竹で組むことを決め、近くの竹林から一本一本切り出した。慣れない作業で指は腱鞘炎(けんしょうえん)になった。たった一人の作業は孤独そのもの。心が沈み、車を走らせて日本海をただぼんやり眺めていた日もある。

 「今日は何してるんや」「これ食べねの」。そんな時、近所のお年寄りからの声掛けや差し入れに田舎の優しさを感じた。要所要所で県内外の友人が手伝いに来てくれた。何よりも東京で仕事を続けるかおりさんが毎週末、通っては支えてくれた。「畑では何を育てようか」。移住後を思い描く明るい言葉が背中を押してくれた。

 降雪前に外壁は貼り終えた。雪解けまで横浜の自宅で過ごし、3月中旬から作業再開。今後は内装に移り、5月ごろに新生活をスタートさせる計画だ。

 かおりさんは東京の会社を退職するが、得意の語学を生かし現在担当している海外輸出に関する仕事は委託を受けてオンラインで続ける。智彦さんも福井を拠点にライターとして働く。

 目標とするのは「自然の循環に暮らしを合わせる生活」(智彦さん)。住まいが完成したら竹林を畑にし、自然農法で野菜作りをやってみたい。狩猟にも挑戦するつもりだ。

 これからも想定外の困難が待ち受けているかもしれないが、かおりさんは「住まいのそばに土があり、窓の外に緑があるだけで落ち着ける」と声を弾ませる。智彦さんも「周りのお年寄りから昔からの生活を教わりながら、今のライフスタイルに役立てるような形で発信していきたい」と前を向いている。

  ×  ×  ×

 新型コロナウイルスの感染拡大以降、地方への移住に関心が高まっている。福井県内に移住してきた人たちは、何に引かれ、どのような暮らしを送っているのか。それぞれの「物語」を追う。