杉本彩さんと月子

「生きていてほしい。生きているのなら、せめてひもじい思いをせずに元気でいてほしい。その願いひとつでした」

これは、2011年の東日本大震災で被災され、愛猫の行方がわからなくなった、ある飼い主さんの手紙に綴られた思いです。

震災の2年後、私が受け取ったこの手紙には、愛猫を大切に育ててきた様子や、地震発生時のことが克明に書かれていました。

あの日、編み物をしている飼い主さんの傍らで、3匹の猫たちがお昼寝していたそうです。最初の揺れで3匹の猫たちは外に飛び出して逃げてしまい、その時の姿が今も切なく思い起こされる、と。その中の1匹で、まり子ちゃんという猫は手に乗るほど小さな頃に母猫が死んでしまいました。けれど、そんな心配をよそにすくすく育ち、まん丸に太ってゴム毬のように弾んでいたので、まり子と名付けられたそうです。家族みんなで、この幼い命をどれほど愛おしく思ったか、その溢れんばかりの愛情が綴られていました。

飼い主さんは愛犬と一緒に小学校に避難されましたが、そこで津波に襲われました。ご主人も別の場所で波にのまれましたが、ご夫婦共に奇跡的に救助され九死に一生を得たそうです。犬や猫たちは毎日駆け回って遊び、まり子ちゃんは飼い主さんの布団の中で眠り、そんな穏やかな日常が一瞬にして奪われてしまいました。

このまり子ちゃんは、現在、私のもとで月子という名前で元気に暮らしています。月子の元の飼い主さんが奇跡的に判明したのは、あるテレビ番組のおかげでした。

自宅紹介のため自分で撮影したリビングの映像が放送され、その映像に月子がたまたま映り込み「この子は東日本大震災の時、被災地から迎えた猫です」と、さらりと紹介しました。それを見た飼い主さんからご連絡をいただいたのです。

飼い主さんは、ご自宅が津波に流された後、新たな家でようやく落ち着いた生活を始めていました。そして、テレビ画面の中に月子の尻尾を見た瞬間、「まり子が居た!」と驚愕されたそうです。映し出された姿は、別れた時のまんまで、「私元気だよ!」と言っているように見えた、と。ご主人を起こし、息子さん夫婦を呼んで、何度も繰り返し録画していた映像を確認したそうです。間違いなくまり子だと確信され、私に手紙をくださったのでした。あの瞬間の安堵した気持ちは何に例えたらいいのかわかりません、とおっしゃっています。他の2匹の猫たちも、きっとどこかで元気にしているはず、と信じる気持ちになれたそうです。

月子(まり子)は、宮城県の多賀城市大代というところにいました。骨組みだけ残っていた建物で、地元の心ある方が、月子を含めた飼い主不明の猫6匹をお世話されていました。震災発生から2ヶ月経っても、官民どこの施設も満杯で保護してもらえません。お世話していた方が困り果てて「助けてほしい」と私の会社にご連絡がきたのです。当時はまだEvaの設立前。個人で保護活動をしていたので、それをご存知だったようです。

偶然にも、支援物資を持って宮城県を訪問する予定がありました。それに合わせて待ち合わせし、6匹の猫と、訪問先の行政のセンターからも1匹、全部で7匹の猫を引き受けました。2ヶ月間外で暮らしていた猫たちは、みんな薄汚れていて、どの子も身を硬くし、目はすっかり怯えていました。どれほど過酷だったかを、その姿から感じました。

猫たちを引き受けて一番大変だったのは、4匹のメス猫がみんな妊娠していたことです。間もなく出産ラッシュが始まり、自宅も会社もまるで猫のシェルター(笑)。スタッフが仕事するオフィスのあちこちで子猫が遊び回り、授乳する微笑ましい光景が見られたり。会社のスタッフはとても献身的に手伝ってくれました。

それでも、うまく育った子猫もいれば、命を落としてしまった子猫も。生まれたての子猫はまだ抵抗力がなく、母親からうつった風邪が致命症になってしまいます。動物病院での診療はもちろん、授乳の哺乳瓶でのサポート、離乳後の給餌、子猫の体重測定、引き受けてから里親に譲渡するまでの3ヶ月余り、涙あり笑いありの気の抜けない大変な日々が続きました。

日本は災害大国と言われています。過去にも数々の災害が全国各地で発生しています。動物たちと暮らしている方は、何か特別な事情がないかぎり、必ず不妊・去勢手術をしてほしいと思います。脱走してしまった犬や猫は、高い確率で妊娠します。保護することも困難な状況下で、多くの望まれない命が生まれてしまうことは、とても不幸なことです。

そして、たとえ逸れても、飼い主の元に戻れるよう飼い主明示となるものを装着してください。マイクロチップがオススメです。動物へのリスクはほとんどありません。愛犬・愛猫の行方や生存がわからないのは、本当に辛いことですから。月子のようにマイクロチップを着けていなくても、飼い主さんが判明したのは奇跡だと思います。飼い主さんのご事情で、終生私がお世話することになりましたが、行方不明のままでは辛いはず。私がそうだったら…想像しただけで胸が張り裂けそうです。

それはそうと、どうして月子がまり子ちゃんだと、私自身も確信できたかということです。地元の方にお世話されていた場所は多賀城市、その隣の市で月子が暮らしていたこと。そして、手紙に書かれていた性格や年齢が当てはまっていたからでした。それに何よりも、愛猫を間違えることはありません。猫や犬と暮らしていない方にはわかりにくいことかもしれないのですが、皆それぞれ顔も体型も違います。月子(まり子)は三毛ですが、毛の柄の特徴もいろいろです。

それにしても、すごい距離を流されて、どんなに怖かったことでしょう。

被災地から来て我が家の家族になった猫は5匹ですが、10年が経ち今は2匹となりました。この子たちともずいぶん長い付き合いだなぁと、毎年3月11日が近づくと、感慨深い想いになります。その後は、福島の民間や行政の保護施設を訪ねたり、この10年、何かしらの形で福島と宮城との繋がりは途絶えていません。

特に、福島においては原発事故が多くの悲劇を生みました。すぐに帰れると思いペットを置いたまま避難。避難所に行くバスに動物たちは乗せてもらえません。原発から半径20キロ圏内の警戒区域のペットたちは置き去りになってしまいました。

目を覆いたくなる映像もありました。何日も何日も置き去りとなり、身動きできない犬は不安と恐怖と空腹で狂ったように暴れたのでしょう。リードが絡みつき苦しんだ形跡がありました。最後は餓死して無惨な死に方をした犬もたくさんいます。その顔から、どれくらいもがき苦しみ抜いたのかが想像できます。毛皮だけの姿で朽ち果てている犬もいました。どんな思いで飼い主を待っていたのか、それを考えるとたまらない気持ちになります。街を放浪している犬猫もたくさんおり、首輪をしたまま生き絶え、ミイラのようになった犬の死体もそこかしこにありました。

放浪している犬の中には、長期に渡り厳しい状況に置かれたことで、野犬のように扱うのが難しくなってしまうこともあったようです。一方、何日も眠ることができなかったのか、人と暮らしていた動物は、空腹だけでなく人恋しさもあり、救助された瞬間、安心して眠ってしまうのだそうです。

出入りの制限された警戒区域では保護活動もままならない状況でした。けれど、なんとかして警戒区域に入り、給餌給水した民間のボランティアはいましたが、国としては長期間なんの手も打たずに放置したのです。初動が遅れたことで、犬や猫などのペットだけでなく、家畜やダチョウ農場のダチョウも街を放浪し、学校で飼育されている動物も忘れられ、多くが餓死して死んでしまいました。

1986年のチェルノブイリ原発事故では、食用動物の多くは、警戒区域外に搬送されましたが、犬は連れ出すことが許されませんでした。しばらくは警戒区域内で活動していた軍人が給餌していましたが、まもなく犬は全頭銃殺されたそうです。
日本ではその当時より犬や猫の地位は向上しました。しかし、原発事故は全く想定されていなかったこともあり、動物に対する対応は後手となり、結果「餓死」という銃殺より無残な仕打ちを動物にしてしまったのです。

そして、避難所でも不条理な出来事がたくさんあったようです。ペットと一緒に避難所に行ったけれど中に入れてもらえず、避難することを諦めた人もいると聞きました。どんなにショックだったことでしょう。命からがらペットを守り避難した先で、冷たく突き放されたその気持ちを想像すると胸が痛みます。

ある方は、避難所にペットと行ったけれど、犬は外に繋ぐようにと言われ、一階の鉄柱に繋いだあと、避難所を津波が襲い愛犬をのみ込んでしまいました。指示に従い愛犬を外に繋いだことを大変悔やまれ、愛犬に申し訳ないと本当に苦しまれたそうです。被災して多くのものを失ったうえに、追い討ちをかけるようにさらなる悲劇に見舞われたのです。その心情は、察するに余りあるものだと思います。

動物の命にも配慮された、公的な動物救援の対応がされていたら、これらのような惨い死に方はしなくてよかったはずです。人間が優先なのは当然でしょう。けれど、救えたはずの命が救えなかったことが本当に悔しいです。

東日本大震災から2年後には、その教訓を経て、環境省は飼い主との同行避難を推奨しました。けれど、各自治体の取り組みには大きな温度差があり、全国的にはほとんど進んできませんでした。私たちEvaも、自治体にペット防災や動物と一緒に行くことのできる避難所の確保について、また、避難所での人とペットの在り方について、機会があれば要望してきましたがあまり響いていなかったように思います。

あれから10年…。

環境省はようやく、本格的にペット同行避難の態勢整備に向けて動き始めました。各自治体にすべきことや検討事項のチェックリストを通知し、ペットを受け入れる避難所の公表なども盛り込み、獣医師会や愛護団体との連携についても強く促しています。ここに至るまで、長い年月といくつもの災害を経てきました。今後、自治体は速やかにこの整備に取り組んでいくことが責務だと思います。

ペットと暮らしている方は、ご自身の暮らしている地域の避難所について、是非チェックしてみてください。そして整備が進んでいないと感じたら、是非要望してください。そういう声が多ければ動かざるを得ないと思います。

同行避難の関連用品として、
・最低でも1週間のペットフードとお水
・常備薬、療法食
・食器・水のみボウル
・トイレ用品
・健康の記録(世話する人に情報を伝えやすい) 
・写真(飼い主とペットが一緒の写真、飼い主を特定しやすい)
・首輪、リード
・その他、タオル、おもちゃ、ガムテープ、新聞紙
などがあるといいでしょう。

また、災害時には、ハウスに入ったり知らない人に触られることなど日常と違う場面ばかりです。飼い主以外がお世話をすることも考えられます。そのため社会性が必要なので、普段から、クレートに入って落ち着けるようトレーニングをしておくと安心です。

自らのできる最善の策を講じて、家族であるペットの命と暮らしを全力で守ること。これも飼い主としての責任であり、人としてあるべき姿だと思います。そして、ペットが我が子同然の大切な存在であり、その子を守るためには、自らの命を危険にさらすことも厭わない人がいることを、社会全体で理解いただけたらと思います。

ペットと暮らす人も、暮らしていない人も、ペットが苦手な人もアレルギーの人も、すべての人が平等に避難できる社会を、一刻も早く実現すべきでしょう。


公益財団法人動物環境・福祉協会Eva
代表理事 杉本彩

※Eva公式ホームページやYoutubeのEvaチャンネルでも、さまざまな動物の話題を紹介しています。

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。