何者かになりたいと思っている、けれど日の目を見ない者にとって、日々は過酷だ。24時間365日、全方向から無視され続ける悲しみを、胸の内にうず高く積もらせている。悲しいし腹が立つ、けれどすべては自分の至らなさのせいなので、誰かのせいにしてふて寝することもできない。

 主人公は、まだ何者でもないギター弾きだ。29歳。音楽のそばから離れたくないので定職につかず、かといって音楽のプロフェッショナルとして切磋琢磨する度胸もなく、裕福な親からの仕送りで暮らしている。ある成り行きで、老人ホームのレクリエーションでギターを弾くも、お年寄りたちはまるでこちらに耳を貸さない。なぜ俺を無視するのか、なぜ俺の真価がわからないのかと、大いに憤る主人公。そんな彼が、「天才」に出会ってしまうのだ。老人ホームで働く青年「渡部君」が奏でるサックスの音色。ガツンとやられてバンドに誘うのだけれど、渡部君自身は、今ひとつピンと来ない感じだ。自分の真価に、まるで気がついていないのである。

 主人公は徹頭徹尾、自分のことだけを考えながら生きている。俺の人生がうまくいかないのはなぜなのか。どうして渡部君は俺の誘いに耳を貸してくれないのか。けれど彼は老人ホームで、住人たちの使いっ走りに奔走するうちに変わってゆく。

 この世から、人生から、去りゆく人の言葉によって。

 「自分の才能のなさに打ちのめされる者」と、「自分の才能に気づかず平穏に暮らす者」が奏でる不協和音が、この物語を支えている。けれど圧倒的に心に残るのは、去りゆく者が残す言葉たちだ。

 自分のこと以外に何の興味もなかった主人公が、自分の人生の始め方に気づくまでの物語。人生なんて所詮こんなもんだと、訳知り顔で日々を暮らす、すべての人に読んでほしい一冊である。

(集英社 1400円+税)=小川志津子