ピアノに覆い被さるようにして、その人は極上の音を奏でる。彼の指先から生み出される音はいつだってマスターピース、心を揺さぶられるメロディにパフォーマンスだ。しかし、本作を観たあとでは、もう以前のように彼の演奏に「気楽に」身を任せることはできないかもしれない──そう予感してしまうほど、彼の生涯の光よりも影の部分を色濃く感じる作品だった。

 “ジャズピアノの詩人”と評され、もはや人類の音楽史を語る上で欠かすことのできない人物の一人と言えるビル・エヴァンス。彼の51年の波乱に満ちた生涯に迫った傑作ドキュメンタリーが、ついにDVD化となった。

 本人の肉声や演奏シーン、何気ない日常の姿の記録に加え、ステージをともにしたミュージシャンたち、プライベートをよく知る親族に恋人など、多様な立場から証言がなされ、あぶりだされる人物像。起きている間は何時間でもピアノに向き合っていたというストイックな姿が語られたかと思えば、恋人に楽曲をプレゼントしたり、姪に愛情を注ぐ心温まるエピソードもあり、なんだかホッとしてしまう。しかし、やっぱり彼の心の奥底にはいつも孤独の旋律が鳴り響いているのだろうか、後半へと進むにつれ、彼の中の闇の深さが、数々の悲劇によってさらに深くなっていく。

 どれほど音楽の才をもってしても埋めることのできない寂しさと渇望と。もちろん私たちは、それをただ画面の前で見ているほかない。なんとも切ない。それでも、最後まで観終えた私は意外にも、彼の楽曲をもっと聴きたいと思っている。本作を観終わった今だからこそ、聴こえてくる音があるような気がしているのだ。

(オンリーハーツ・4500円+税)=玉木美企子