何が書かれているか分かっていない「川太郎の銅印」を手にする前住職=福井県敦賀市の真禅寺

解読されないままの印影部分

 妖怪のカッパから贈られたと伝わる印鑑が、福井県敦賀市の真禅寺で長年保管されている。「川太郎の銅印」と呼ばれる銅印で、水難よけの御利益があるとされる。ただ、掘られている文字が何なのかはっきりしないため、これまでに多くの人が解明しようと挑んだがいまだ分からないまま。前住職の平吹宣夫さん(77)は「何とか解読できないだろうか。やはり何と書いてあるか知りたい」と今後、解読者が現れるのを期待している。

 銅印は印影が4・5センチ四方の角印で、高さは3センチあり持ち手部分が竜の形になっている。1954(昭和29)年に同寺の近くに住んでいた男性が寄進したという。先々代の住職が銅印について熱心に調べ、まとめた資料には、ある書物にこの銅印にまつわる物語が載っていると書かれている。

 資料によると江戸時代、寄進した男性の先祖が敦賀で人足の親方をしており、先祖の家に川太郎と名乗るカッパが訪れた。「川底の光る物が怖い。人間様に危害を加えないから仲間と住めるようにしてほしい」と懇願したという。承知した先祖が泳ぎが得意な人足に頼み、川底からやりの先を回収させた。喜んだ川太郎が「これは水難よけの印形(印鑑)。押し型を持っていれば、どの国のカッパも危害を加えない」とお礼に贈ったという。体が元気になる鳥の卵も渡したと伝えられている。

 この銅印について、先々代の住職のほかにも関心を持った歴史愛好家や学生らが調べ、さまざまな考察が寄せられた。その結果、平吹さんは銅印本体は明代の中国と日本の生糸貿易で使われた「糸印」で、文字は「篆字(てんじ)」と考えるに至った。読み方は多くの人の意見から「日雅日学」「以雅以南」「台雅台南」が有力とみているが、どういう意味なのか判然とせず、カッパとの関連も謎のままとなっている。

 ただ、銅印の御利益は確かなようで、平吹さんは水難事故に遭ったことがないばかりか、海でおぼれた人を助けた経験を持つ。平吹さんは「伝承とともに水難よけのお守りとして、大切に受け継いでいきたい」と話していた。