日本の所得世帯の分布状況

 この20年間で僕たちは貧しくなりました。国の調査によると、1997年をピークに世帯所得が全ての所得階層で減少傾向に転じ、2018年には300万円未満が全体の約33%、400万円未満が約45%になりました。これは平成元年とほぼ同じ比率です。家計貯蓄率も97年度に大きく減少し始めます。日本全体の暮らしが地盤沈下したのです。

 平成の間に何が起きたのか。消費の動きをみると、全体が減る中で、パソコンやスマートフォンにかけるお金、通信費だけが異常に伸びました。飲食や衣類、宿泊などの消費は減少ないし横ばい、教育費もそうです。1人当たりの額は高くなっているけど、子どもの数を減らして伸びを抑えたのです。65歳未満の持ち家比率もはっきりと落ちている。

⇒第2回・大勢が苦しい、弱者とは何か

 国の意識調査では、国民の9割以上が「私は中流だ」と答えます。でも「1億総中流」の意味は変わりました。豊かさの象徴ではなく、何もかも諦めることで、なんとか人並みの暮らしを保てる状態、それが中流。なんとも悲しい話です。

 なぜ、僕たちはこんなに貧しくなったのでしょうか。背景には構造的な問題があります。

 戦後の日本は小さな財政を維持しました。代わりに、勤勉に働いて節約し、お金を蓄え、将来のリスクや不安に自己責任で備える「勤労国家」をつくってきました。

 ただし勤労国家は、高い経済成長率が約束され、所得が増えないと成り立たないモデルです。だから、高度成長が終わったオイルショック以降、政府は借金をしながら、所得減税と公共事業による所得補完を組み合わせて貯蓄を促す政策を取ってきました。ですが、95年に「財政危機宣言」が出され、このやり方の行き詰まりが表面化します。

 同時にグローバル経済の荒波も押し寄せました。85年に先進国がドル高是正に合意した「プラザ合意」のあおりを受けて、急激な円高を経験しました。90年代半ばにも再び激しい円高があり、97年にはアジア通貨危機もありました。輸出が振り回されるのに嫌気した企業は、国内の生産設備をどんどん海外にシフトさせていきました。これまでのように設備投資を通じた経済成長ができなくなったのです。

 企業の資金調達も98年に劇的に変わりました。それまでは借金をしてでも設備投資をしてきましたが、手元資金の範囲内で行う形に変更したのです。内部留保をためるため、非正規雇用化が加速、人件費は削られました。

 所得の減少はこれらの複合的な要因の結果です。経済の根本が変わってしまったのに、この国は勤労国家のままだから、自己責任で病気や老後の不安、子どもの教育費に備えなければならない。でも所得が増えないので、消費を削るしかありません。消費を減らすとますます企業の収益が悪化するし、経済は停滞する。企業もさらに賃金を削らざるを得ない。僕たちは、デフレスパイラルと自己責任の間でもがき続けているのです。

⇒【連載】税・分断から連帯へ 井手英策・慶応大学教授インタビュー

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 新型コロナウイルス禍で生活不安に拍車が掛かっている。自分のことで精いっぱいで利他の心を見失いつつある分断社会を、ともに支え合う連帯の社会にどう再生していくべきか。財政学者の井手英策氏(慶応大学経済学部教授)に聞く。

 ■いで・えいさく 1972年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒。東京大学大学院博士課程単位取得退学。横浜国立大学大学院助教授などを経て現職。専門は財政社会学。「経済の時代の終焉」で大佛次郎論壇賞。「幸福の増税論」「欲望の経済を終わらせる」など著書多数。

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