得意のジャグリングを披露する上坊卓海さん=福井県大野市元町のゲストハウス「荒島旅舎」

 福井県大野市中心部のホステル「荒島旅舎」。施設内のバーで鍋を囲んだ交流イベントが始まると、客が1人、また1人と訪れた。「来てくれてありがとう」。リキュールが並ぶカウンターから黒いシャツを着た上坊(じょうぼう)卓海さん(25)=京都市出身=が顔を出す。色鮮やかなカクテルやジュースを手渡し、客の近くに座って話し始めた。

 「大道芸人世界一」という夢を追い掛けてきた。国内外を巡り、ふと足を止めたのが大野市だった。愛車の黄色い原付きバイクを少し走らせれば、目の前に壮大な自然が広がる。満天の星空や田園、山々を見ていると、生きていることを実感する。地元の人がうっとうしく思う雪だって、非日常で楽しい。

 そこに暮らす人たちにも引き寄せられた。暑苦しく夢を語っても「若いから」という言葉で片付けずに、面白がってくれた。人と人との心の距離は近い。「生まれた場所とはまるで違う。だからこそ、ここで生きて自分を磨きたいと思った」

 1年で結果を残せなかったら大道芸をやめる―。上坊卓海さんは20歳の時、覚悟を決めて本場・米ニューヨークのアポロシアターに乗り込み、週1回の大会でチャンピオンに輝いた。「ナツ」の芸名で国内外で活動した後、2020年7月に大野市に移住。ホステル内でバー店主をしながら、市内のイベントなどで大道芸を披露している。

 高校時代、精神的に落ち込んで学校に行けなかった時期があり、「必死になれるものがほしい。みんなを喜ばせたい」と大道芸を始めた。100円ショップでボールを三つ買い、ユーチューブの動画を手本に、朝から晩まで練習漬けの日々を送った。そのかいあって米国で成果を残し、英国の路上ショーでは人だかりができるようになった。

 2018年夏、福井市内で連日ステージに立った。泊まっていた大野市内のカフェで小学生にバルーンアートを作ると、夏休みの思い出として日記に残してくれた。公民館にショーをさせてほしいと頼むと、次の日には住民が大勢集まってくれた。

 これまでの舞台に比べ客数は多くないが、「すごく喜んで、楽しんでくれた」。大野滞在中に市内の居酒屋で出会った住民たちと夢を語り合うのも楽しくて、大野を離れた翌年も、その居酒屋に顔を出すようになった。

 25歳を前に京都市の実家を出て再出発しようと思った時、大野で過ごした日々を思い出した。「ナツと呼んでくれる人がいて、一番モチベーション高く過ごせた」

 大野に移住を決めた後、プレオープンしたホステル「荒島旅舎」にバーカウンターがあると聞き、迷わず手を挙げた。大量のリキュールを仕入れ100以上のメニューを用意し、2020年10月に店を開いた。

 週4日カウンターに立ち、年代に関係なくグラスを交わす。大道芸と同様、「楽しみ、楽しんでもらう」ことを心掛けている。

 このまま大野に住み続けるかは、決めていない。得たいもの、やりたいことがほかにできたら、それができる場所へ行くつもりだ。「でも今は、大野の若者が生き生きと過ごす場所をつくり、自分を支えてくれている人たちに恩返しをしたい」

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 新型コロナウイルスの感染拡大以降、地方への移住に関心が高まっている。福井県内に移住してきた人たちは、何に引かれ、どのような暮らしを送っているのか。それぞれの「物語」を追う。