おそらく多くの日本人は、芸人と呼ばれる人たちの栄枯盛衰が大好きである。漫才界最大の一大イベント『M-1グランプリ』の見どころは「ネタの面白さ」だけではない。それぞれの漫才コンビが舐めてきた苦渋や屈辱、それを根っこに芽生えた闘志、あるいは深い諦め。視聴者は年に一度、漫才そのものと諸共に、その人間ドラマを大いに食らう。だから「ファン」が生まれ、その成長に涙する。

 本書の書き手は、放送作家の桝本壮志。大手お笑い養成所で芸人の卵として揉まれ、やがて劇場付きの作家となり、今は人気番組の放送作家や、母校である養成所の講師を務める人物だ。「チュートリアル」の徳井義実と「スピードワゴン」の小沢一敬という、お笑い好きには有名すぎる大親友たちと、居住を共にしていた人物。その人物が、シェアハウスをする芸人2名と放送作家1名を主人公にした小説を書き上げた。

 描かれるのは「お笑い」を生業にする者たちが、ほのぼのと繰り広げる日常風景――ではまったくない。ひとりが売れっ子芸人として、ひとりが売れっ子放送作家として忙しい日々を送る中、ひとりうだつが上がらない男の視点で描かれる、嫉妬や自己嫌悪や自問自答や諦観の物語だ。どうして俺だけ。こんなに面白いのに。なんでみんなわかれへんねん。

 その心理描写は緻密だ。養成所の講師として、多くの若者たちと向き合ってきた日々の結晶だろう。印象的なのは、売れない芸人である「僕」と、売れっ子放送作家である「相馬」の対話の場面だ。片方が過去の葛藤を語り、そして現在葛藤に沈む相手をなんとか引き上げようと言葉を尽くす。何でも笑いに持っていくのが生業の男たちが、大真面目に人生を語る。頑なだったもう片方の心に、ほんのりと変化の明かりがともる。

 本書では、そんな彼らを待ち受ける時流も描かれる。不祥事、会見、バッシング。彼らが笑わそうと七転八倒している相手は、実に気ままで残酷だ。それでも、彼らは来た道をゆく。笑わす彼らと、笑う私たち。それらを結ぶものは、良くも悪しくも続いてゆく「関係」なのである。

(文藝春秋 1500円+税)=小川志津子

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