杉田玄白が使用した薬などが紹介された第1回講座=1月16日、福井県小浜市まちの駅・旭座

 「解体新書」を出版し、西洋の解剖学を日本語で初めて紹介した小浜藩医杉田玄白(1733~1817年)の業績を顕彰しようと、第1回杉田玄白講座が1月16日、福井県小浜市まちの駅・旭座で開かれた。市民約60人が集まり、当時流行し未知の感染症だった梅毒と闘った玄白に思いをはせていた。

 市民らでつくるNPO法人「杉田玄白・小浜プロジェクト」が企画。学芸員や医療関係者3人が講演した。

 福井大学医学部地域医療推進講座の山村修講師は、臨床医としても活躍した玄白が使った薬を紹介した。

 玄白は回顧録で「患者1千人中700~800人が梅毒患者だった」と記述。治療薬としてヨーロッパから伝来した水銀入り「昇(しょう)こう水」を使用したという。

 その効果は不明だが、山村講師は「当時の医学は一子相伝が多く秘伝だが、玄白先生は処方を弟子に手紙であっさり伝えている」として「あっけらかんとしたオープンな姿勢がうかがえる」「何が何でも治したいという気概が伝わってくる」と言及した。

 さらに「未知の感染症との闘いは玄白先生も手探りで、新型コロナウイルス感染症が拡大する今の私たちと変わらない。先生の心意気を生かしていかないといけない」と強調した。