一枚の絵を取り囲んだ児童たち。まずはしっかりと各自が絵を見る。先生が発言を促すと、全員から勢いよく手が挙がり、「彼岸花が海に咲いている」「落ちた花びらが貝殻に変わったのではないか」「さかさまに見ると線香花火に見える」など、見たこと、感じたこと、想像したことについて、さまざまな意見が飛び出してくる。先月見学した、あわら市細呂木小学校の公開授業の一場面である。見学しながら、子どもたちの柔軟なものの見方に驚かされた。また、自分の考えを理由と共に根拠づけて説明するとともに、お友達の意見をしっかり聞いて受け止める様子が見られ、絵を通じて深い対話が繰り広げられている様子に感心させられた。

 同小学校では、「あさかん(朝鑑賞)」と称して、全学年で継続的に絵の鑑賞活動に取り組んできているそうだ。絵を通じて対話をすることが、考え、伝え、受けとめる力を育み、それは他教科の学びにもつながる。そのような校長先生の信念が、教職員にも共有され、継続されている。

 このような絵の鑑賞法は、「対話型鑑賞」といって、1980年代半ばにニューヨーク近代美術館で子ども向けに開発された。日本でも2000年ごろから、美術館の教育普及プログラムの一環や、一部の学校内の活動として取り組まれるようになっている。美術に苦手意識を持っている大人の多くは、美術鑑賞というと作者や作品の背景、技法などを知らないと、と堅苦しく考えがちである。しかし、この鑑賞法は、知識をもとにして作品と向かい合うのではなく、感じたことを他者と共有することを重視する。それを通じて、観察力、思考力、話す力、想像力、他者の話を聞いて対話するコミュニケーション能力など、複合的な能力を育むことができる。また、同じ絵を見ても、感じ方は人それぞれ違う。他者の異なる意見を聞くことは、ものの見方や感じ方にはいくつもの可能性があることを知り、自分と違う考えを受け入れる態度を身につけることにもつながる。

 実は今、医学教育においても対話型鑑賞をはじめとしたアート教育が重視され始めている。医学界新聞の記事によれば、アメリカ、イタリア、オーストラリア、カナダなどの各国において、約70の大学でアートを教育に取り入れているという。医療現場では数値に基づいた判断はもちろん重要だが、それと同時に、患者さんの様子など数値化できないことから洞察するコミュニケーション能力が求められており、その能力を向上するためにアート教育が導入されているのである。また、ビジネスの世界でも、論理的な考え方だけでは革新を生み出すことはできないとして、アートで養われる感性をビジネスパーソンも持つことが大切だということが多く主張されるようになっている。

 美術に限らず音楽、演劇、ダンスなど芸術文化全般は、人の感性や創造性を高め、社会を生きていくために必要な能力を向上させるために大きな役割を果たす。ところがこれまでその役割は過小評価されてきた。学力を重視する教育システムでは、みなが同じ答えを選ぶことを良しとし、均一的な能力を育成することを推奨してきた。しかし、これから私たちは、ますます変動性、不確実性、複雑性、曖昧性が高まる時代を生きる。新型コロナの感染拡大に見舞われ、社会のあり方が一変した本年、誰もがこのことを強く感じたのではないだろうか。

 ひとつの正解を見いだすことが難しい、先行きの見えない時代を生き抜くためには、これまでの枠組みにとらわれない発想が必要である。他の人と違う意見を持っていても良いということ。異なることを認め合う、多様な価値観を受け入れる態度。芸術文化はそのような能力を高める力がある。教育力が高い福井県は、すでに大きなポテンシャルを持っている。そのうえで、芸術文化の力に着目することが、これからの福井の発展の鍵を握る重要な要素になるだろう。

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 ■あさくら・ゆき 1977年福井県福井市生まれ。京都大学文学部卒。東京藝術大学大学院音楽研究科博士課程修了。静岡文化芸術大学、福井県立大学等非常勤講師、岡山県、四日市市、鈴鹿市等文化関係の委員多数。共著に「文化で地域をデザインする社会の課題と文化をつなぐ現場から」(学芸出版社)