【越山若水】「二十歳という年齢こそ、人生における最大の神秘の年」。そう語っていた作詞家の故なかにし礼さんに「二十歳の頃」と題した詩がある。古い木造アパートでの東京暮らしをつづった▼6畳間をベニヤ板で仕切り隣人と3畳ずつ、本と文机(ふづくえ)と薄い座布団だけの“聖域”である。押し入れから布団を出すとゴキブリが来襲、新聞紙で体を覆って寝た。授業料が払えず大学は退学し、シャンソン喫茶で働きながら、訳詞を手掛けていた
▼「時の過ぎゆくのを忘れ ただただ言葉だけを探し求め」暗中模索の日々。旧満州(現中国東北部)で終戦を迎え、生死の境をさまよい祖国に引き揚げ13年がたっていたが「戦争の恐怖の余韻の中に眠った」▼やがて訳詞が当たり、挑戦した流行歌で「天使の誘惑」「石狩挽歌」「時には娼婦のように」「北酒場」などの大ヒット曲を生み、昭和歌謡を代表する作詞家となった。小説も発表したが、創作の原点には戦争体験があった。講演会や著書などを通じて、平和の尊さを訴え続けた
▼詩集「平和の申し子たちへ 泣きながら抵抗を始めよう」には、「戦争の恐怖を知らない人たちよ ぼんやりしていてはいけない それはすぐそこまで来ている」と言葉を刻んだ。米中対立など世界情勢は不透明で日本の行く末も危うい。平和だからこそ、歌を楽しめる。新成人に届けたいメッセージである。

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