一般市民から選任された裁判員6人が職業裁判官3人とともに、重大な刑事事件について有罪か無罪かを判断し、有罪の場合には刑の重さを決めるという裁判員制度が実施されてから11年数カ月が経過した。これまで1万3千件余りの事件で、補充裁判員を含め約10万人が裁判員の職務を果たしてきた。

 開始前には、最悪の結末を予想する向きもあったが、現在までのところ、課題も指摘されるものの、肯定的な評価が多い。専門家の努力もさることながら、誠実に裁判員の職務を果たした市民の力によるものであろう。

 裁判員制度は、主権者が直接参加することにより、裁判に民主的基盤を作るという意義とともに、よりよい裁判を実現することを目的としている。裁判の使命は人々の権利が多数者の「力」に圧倒されないよう保障することにある。刑事裁判では、無実の人を誤って有罪としないことに加え、公正な手続きを践(ふ)むことが必要とされる。公正さを確保するためには、手続きの透明性が求められる。市民の参加は手続きの透明性を高める。

 裁判員制度によって大きく変わったのは、裁判員が参加する公判の審理である。かつては、捜査機関が被疑者、被害者、目撃者などを取り調べて作成した大量の供述調書を裁判官が執務室で読み込み、それを基に事実を認定していた。裁判の結果に対し、調書を通じて捜査機関が強い影響を与えていた。「調書裁判」とも批判された。

 裁判員に大量の調書を読み込み、事実を認定することを期待はできない。「目で見て、耳で聞いて分かる審理」が求められた。争点を絞り明確化して、証人尋問、被告人質問など、公開の法廷で直接取り調べた証拠から、当事者が口頭で主張した事実について判断する審理である。調書の使用は顕著に減った。

 これは、捜査・取り調べ中心から、裁判所の審理が裁判結果を実質的に決める公判中心の刑事手続きへの変化であり、手続きの透明性、公正さの向上を意味する。被疑者取り調べの録音・録画の法制化も、自白が強制によるかどうかを判断するに際し取り調べ状況が争われたとき、裁判員にも分かりやすい客観的証拠が必要だということを媒介にして、手続きの透明性の要求が取り調べに及んだ結果である。裁判員制度の波及効果といえよう。

 他方、有罪の場合の刑の重さについては、一見すると、変化はあまりない。開始前には、裁判員が市民感覚を自由に発揮すると、同種の事件でも事件ごとに刑の重さが大きく変わることになるとの見方も強かった。

 たしかに裁判員の社会生活に根ざした正義感覚は尊重されるべきである。しかし、刑の重さが基本的に行為者の悪性によってではなく、犯罪行為についての行為者の責任に応じて決められるべきことからすると、行為、結果、動機・目的、実行方法などからみて同種の事件では同程度の重さの刑をという公平性が求められる。公平性は刑事裁判の公正さにとり不可欠である。

 公平性を確保するために重視されたのが、同種事件の刑の重さについての過去の傾向である。最高裁の判例によっても、裁判員と裁判官の評議では、過去の傾向を参照し、それから示される刑の幅のなかで、被告人の反省の度合い、更生可能性など、各事件に固有の事情を考慮して刑の重さを決めるべきだとされた。過去の傾向から離れて刑を決定するには、合理的・説得的理由を示さなければならない。それがない限り、高裁は裁判員裁判の判断を破棄すべきだとされた。

 こうして公平性が保障される一方で、刑の重さの決定に市民が参加することの意義は限定されたとの意見もある。

 とはいえ丁寧に見ると、重要な変化もある。性犯罪や傷害致死の刑はいくらか重くなる傾向がある。殺人をみると、複数被害者の事件、利欲目的の事件などについて重罰化する方向と、介護殺人についての執行猶予付き判決など寛刑化の方向とが併存している。人の生命や性的自由をいっそう重視する一方、社会生活上の切迫した困難が犯罪行為についての責任を軽減しうる余地を、より広く認めるという社会生活に根ざした市民の正義感覚の現れだといえよう。

 同種事件の刑の重さからかけ離れた不公平な決定は避けられるべきにせよ、市民の正義感覚を反映して、刑の重さの決定傾向それ自体が徐々に、しかし確実に変化しつつある。

 市民参加が刑事裁判に与えた変化は小さくない。

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 ■くずの・ひろゆき 1961年鯖江市生まれ。一橋大法学部卒、同大大学院法学研究科修了。法学博士。専門は刑事法学。主著に「少年司法の再構築」「未決拘禁法と人権」「刑事司法改革と刑事弁護」。共編著に「少年法適用年齢引下げ・総批判」など。