今年、突然40歳代の男性1人が「心に響くおろしもち」店(東尋坊の相談所)に現れ、「私は子ども2人と妻の4人家族ですが、仕事上でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患い仕事にも行けなくなりました。給料が無給となると告げられ生活ができず、自分の生命保険で家族を守ることしか考えられなくなり、いつの間にか、東尋坊の岩場に立ちましたが、怖くなり飛び込めませんでした…。助けて下さい!」と訴えてきたのです。

 そこで、ゆっくりと話を聴いたところ、彼はこう語り出しました。

  ×  ×  ×

 「実は、私は消防署員であり、火災が発生した時に消防署員として現場に急行したところ、『建物内にまだ人が取り残されている…。ほんの前まで一緒に昼ご飯を食べていた人が中にまだいる。早く助けてやって下さい…!』と悲愴な叫び声を上げる女性に、消防署員として当然ですが、『分かりました…、一生懸命頑張って助けますから、あなたは安全な場所に居てください』と叫ぶように伝え、煙の中に入って行きました。

 灼熱や煙に巻かれ、私はできる限りの活動をしました。しかし、前日からの当番勤務、釣り客の行方不明捜索が重なったこともあり、天候による暑さ、火災現場での灼熱による脱水のため熱痙攣で力尽き、私自身が消火活動ができなくなってしまい救急車で運ばれてしまいました。火災現場での要救助者(逃げ遅れた人)は、複数の人が亡くなってしまったのです。

 『私は、助けてあげてと叫んだ女性に嘘をつきました』
 『私は、助けるどころか、私自身消火活動中に脱水によって力尽き、無力感を痛感し消防職員として、いてもいなくても一緒や』と自分を責め続けていました。

 以来、私はあの時の火災現場でのことが、毎日のようにフラッシュバックして『消防士さん、助けてあげて』の声が未だに耳から離れません。寝不足が続き、めまい、頭痛で仕事にも行けなくなり、PTSDと診断され病院に通院、入院を繰り返すとともに、引きこもり状態になりました。

 この病気で、役場は公務災害申請手続きをしてくれました。認定審査の結果がなかなか出ず、病気休暇中の給与を受けていました。しかし、1年と数カ月が経った時に役場から、公務災害と認定されない以上、休職扱いにすべきだとの指摘を弁護士から受け、認定されなければ今後は無給、これまでの給与過払い分を返済しなければいけないということになりました。私としては今後の生活に不安を感じるとともに、一家の大黒柱である私が家族を養えなくなった責任を痛感し、気が付くと東尋坊の岸壁の傍を、今までの人生を振り返るとともに、自分の無力感をお詫びし、岸壁から飛び込むタイミングを計っていました」

  ×  ×  ×

 それが、彼が東尋坊に来た理由でした。

「絶対自殺したらアカン…!私が何とかしてみます…」

 私が投げかけた言葉に彼は「このまま生きていても、いいことがあるでしょうか」と途方に暮れた様子でした。

「絶対にいいことある、死んだら終わりや」

 私は彼にそう言って自殺を断念するよう問題の解決へ動き出しました。

 私は、この「給料カット」ということは絶対に許されるものではないと考え、関係機関に直談判しました。その後、彼から連絡を受けました。

 「役場給与支払い担当者から電話があり、市町村職員共済組合(健康保険)の疾病手当を支払えることになりました。無給ではなく、何とか出来そうです。」

 その言葉に私は胸をなで下ろしました。

 彼が負った心の傷は、人を救おうとしたがゆえのものです。しっかりと心のケアができる社会でなければいけないのではないでしょうか。仕事に絡んでうつ病やPTSDなどの精神障害となり自殺してしまう事案は少なくありません。自殺してしまった後で、労災として認められても遅すぎるのです。

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 福井県の東尋坊で自殺を図ろうとする人たちを少しでも救おうと活動するNPO法人「心に響く文集・編集局」(茂幸雄代表)によるコラムです。

 相談窓口は電話=0776817835

 【追記】

 コラム掲載に合わせ、同じように悩みを抱え自殺を考えてしまう人へ向け男性がメッセージを送ってくれました。

 「私の場合、いろいろ追い込まれ、解決できず、1人悩みこむ、誰にも相談できない、恥ずかしく近所の人の目が気になり逃げたい、苦しまず死んで楽になりたい」という思いから、東尋坊での自殺を考えました。

 私の場合、死にたいと思っているので、かなりの覚悟ができていました。ですので、逆に怖いものはありませんでした。本当に死のうと思うとき、いろいろ心の整理をつけようと考えます。しかし、『死ぬこと=解決』とはいきません。

 でも、東尋坊の岸壁に立つと、本当は死にたくない自分との闘いになります。迷っているとき、本当は誰しも助けて欲しいのです。私は、いろいろ考えて自殺する寸前に茂さんに相談することができ、今があります。岸壁で気持ちの整理がついたら、飛び降りて死んでいたと思います。

 情けないですが、私は人を災害などから助けたい、人の役に立ちたいと思い消防士を志しました。しかし、人を助けるどころか自分が何もできず救急車で運ばれてしまったこと、『助けてあげて』という女性に『助けます』と嘘をついた罪悪感、何もかも目標を失い、生きる気力が無くなり難破船のようになっていたのです。

 私は、幸い茂さんという素晴らしい方に救われました。死にたいと思っていても、どこかで助けて欲しい自分がいます。死ぬことが解決ではなく、次に自分のような立場になった人を助けさせていただきたい思いがでてきました。この経験を無駄にせず、私の人生に新たな使命を授けてくださいました。

 このような経験をした人間にしか分からないことがあります。人を救う、それは災害から救うことだけでなく、いろいろな局面に際し、死にたいと思う人を救うことが今は目標です。つらい局面に遭遇したら、人は『死にたい』と思うことは当たり前だと思います。自殺は身近なものです。自殺なんて絶対にしないと思っていた私自身が考えてしまいました。

 しかし今回、茂さんに救っていただいた経験から思ったことは、生きていることは苦しいのは当たり前、しかし、必ず苦しみの後には幸せが待っていること、自分は1人ではないこと、必ず誰しも1人でなく自分のことを思ってくれる方が必ずいることです。逆に死のうと思ったら、何も怖いものなくチャンスであることに気が付いて欲しいです。

ピンチはチャンス。

 私は、このピンチがなかったら茂さんという素晴らしい方に出会えませんでした。まさにこのピンチが苦難を乗り越える知恵を授かるというチャンスに変わりました。茂さんのおっしゃる通り、生きていれば必ずいいことがあります。死にたいと思ったら、1人じゃないこと、自分を思ってくれている人が必ずいることを再認識していただければ幸いです」
 

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