富士山1合目看板の位置

 「静岡県側の富士山の『1合目』って、どの辺りなのかな」。静岡新聞社(本社静岡市)の「NEXT特捜隊」に、同県沼津市の40代女性から声が寄せられた。同県富士宮市出身。霊峰の麓に育ったが、長年疑問だったそう。
(静岡新聞 福田雄一)

 そもそも「合目」とは? 素朴な疑問を抱えて、富士宮市の県富士山世界遺産センターを訪ねた。富士山の歴史を研究する大高康正教授によると、富士山を10合枡(ます)として捉え、頂上までの位置(目安)を示しているという。

 富士山裾野ガイド協会の鈴木博己代表にも聞いた。「(山中で修行を積む)山伏は山登りを生涯に例えて山頂到達で一生、(10合に当たる)一升と解釈する」との説もあるのだとか。「実は、その位置は時につれ変わっているんですよ」

 例えば現在の富士宮口5合目は、1906年開通の登山道では3合5勺(しゃく)の位置に当たる。御殿場口はかつて、現在の新5合目近くを1合目と呼んでいたという。

 なぜ? 再び大高教授の元へ。徒歩や馬で頂上を目指した時代は、各登山道の麓に位置する浅間神社を起点に、乗ってきた馬を帰して徒歩に変わる地点「馬返し」を経て、1合目、2合目と登り、頂上を目指すのが常だったという。

 明治以降、馬車、バス、マイカーと交通手段の変遷に伴い、登山の出発点が麓から標高の高い位置に移り、それにつれて「合目」の位置も動いたということらしい。

 現在は登山者の大半が、各登山道の駐車場がある5合目から頂上を目指す。須走、御殿場、富士宮と本県側3登山道の5合目は実は標高がバラバラ。須走口は2千メートル、御殿場口は1450メートル、富士宮口は2400メートルだ。

 その理由には諸説ある。大高教授は「それぞれが『頂上までの近さ』をアピールする狙いから、車で行ける限界点を5合目と定めたのでしょう」との持論を話してくれた。

 5合目が実質1合目となり、1合目の存在意義は薄れてしまったというのが現実のようだが、ここまで来たら突き止めたい。大高教授からの助言を頼りに各登山道を5合目から下って1合目を示す看板や標識を探した。

 富士宮口では5合目に向かう富士宮市内の富士山スカイライン沿いで発見した。須走口は5合目に向かうふじあざみライン沿いの馬返しバス停付近に立っている看板を確認できた(現在は通行止め)。御殿場口登山道では確認できなかったが、登山道に途中で合流する旧須山口では富士山スカイライン沿いから林道に入った先に標柱を見つけた。

 これら1合目の看板や標識の位置に根拠はあるのだろうか。大高教授は「何とも言えません。実は現在調査中」とのこと。今後に注目したい。

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