米原に向かう新幹線の車内は、経験したことがないほどすいていた=8月下旬、蜂谷あす美さん撮影

 乗り鉄の蜂谷あす美さん(神奈川県川崎市)が久々に郷里福井県へ帰省した。JR米原駅で特急しらさぎの車両連結を動画で収めたことなど、慶応大学鉄道研究会で初の女性代表を務めた乗り鉄ならではの道中をつづる。

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 久しぶりに見る郷里の車窓には、きっとハンカチが欠かせないだろう。そう思って半年以上過ごしてきた。

 コロナ禍に伴い、春以降はまったく遠出できなくなった。2泊3日の紀行文で埋まるはずだった紙面は、記憶と資料で書ける原稿に入れ替えられることとなり減便に伴い、やけにすっきりした時刻表を読む日々が続いた。

 もっとも本数が減ったとはいえ、新大阪方面へと向かう新幹線は何本も走っていた。車両側面の行き先を示す方向幕が赤色なのはひかり号で、このうち631から始まる奇数の番号が振られているのは、ほぼ米原に停車するやつだ。

 「帰ってこれんね」。たとえ社交辞令であっても「次はいつ頃帰ってくる?」と声をかけてくれる人たちが、普段と真逆の言葉を電話越しに放つ。暖冬だった正月、福井に「次は春に帰ります」と残した約束が果たされないままに季節はめぐり、私自身「いやー、“闇帰省”する以外には帰れんやろ」と冗談めかして答え続けてきた。

 所定の運賃を払い、東京駅からひかり号に乗り、米原でしらさぎ号に乗り換えれば、福井なんて3時間半でたどり着ける。事実、目の前をふるさと方面に向かう列車が走っているではないか。赤い余韻を残す列車を恨めしく眺めた。

 同時に、晴れて帰省した暁には本連載でそのことを書こうと思った。きっと車内で涙腺と感情が爆発してしまうに違いないから、情緒たっぷりに書こう。構成も書き出しもある程度決まっていた。

 いよいよその日がやってきた。ひかり号は経験したことがないほど、すいていた。「座席倒していいですか」と尋ねる相手はおらず、私は崎陽軒の駅弁「横濱ピラフ」を無言で食べた。心の中で「うまいうまい」とつぶやきながら。毎回混雑している米原駅乗換改札をスムーズに通過し、在来線ホームで名古屋からやってきたしらさぎ号に3両増結される様子を動画に収めた。

 ここで我に返る。正月以来の帰省…

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蜂谷さんの連載「いつもリュックに時刻表」はこちら