「越前海岸の水仙畑の景観を国の重要文化的景観に!」―。文化財保護課に異動してきた際、私に与えられた大きな仕事の一つがこれだったのだが当初は全くピンとこなかった。「文化的景観」って一体なんなんだ?

 文化財保護課では、実に様々(さまざま)な文化財を扱う。文化財保護法には文化財の分類として、有形文化財(建造物、絵画、彫刻、工芸品、古文書、考古資料など)、無形文化財、民俗文化財、埋蔵文化財、史跡・名勝・天然記念物などが挙げられているが、ここに2005年に施行された改正文化財保護法で追加されたのが「文化的景観」である。同法には「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」と定義されているが、これを読んだだけで「あ、あれね!」と思われる方は稀(まれ)であろう。

 公共インフラが全国津々浦々にまで整備された現代にあっては想像し難いことだが、私たちの先祖が村を作る際には、実にその土地の風土をよく観察したものと思われる。日当たりや風当たりは良いか、上水や農業用水に使える水源はあるか、耕作に適した場所はあるか、山や川、海の恵みはあるか、地すべりや川の氾濫などは起きないか、など、生活と生業に適した自然基盤を選択してきたはずだ。そして人々は、毎日の暮らしの中でその地域の風土について学び、それを尊重しつつ恩恵を活(い)かし、自然の脅威を耐え忍びつつ折り合う知恵を見いだし、その土地独特の暮らしの場を形作ってきた。このような、その土地の風土と人々の営みの積み重ねが現れた景観を「文化的景観」と捉えることができる。そして文化的景観を知ることはその地域の特色を知ることであり、「地域らしさ」の再発見にもつながっていく。

 自然基盤の選択というキーワードを聞いてピンときた方もおられると思うが、これはNHKの人気番組ブラタモリの重要なコンセプトの一つである。ブラタモリが対象にするのは主に街の景観だが、その成り立ちを、今では見えにくくなった地形・地質をはじめとする風土に求める番組構成は、文化的景観の調査手法そのもの。意外にも身近に、文化的景観について学べる番組が存在していたのだった。

 さて、文化的景観は全国各地に存在するが、そこに住む人々にとってはそれが当たり前の風景なので、その価値に気づくことは少なく、徐々に失われつつあるのが現実である。街中にあっては都市化が進むことで景観が壊され、田舎にあっては過疎化による生活・生業の縮小により景観が消滅していく。このような現状に歯止めを掛けるために整備されたのが、国による重要文化的景観の保護制度だ。

 現在、全国で65件の重要文化的景観が選定されており、近隣では石川県の「金沢の文化的景観」や輪島市の「大沢・上大沢の間垣集落」、滋賀県の「近江八幡の水郷」や長浜市の「菅浦の湖岸集落景観」などがあるが、福井県内にはまだ一つもない。そこで福井県は、越前海岸の水仙畑の景観を重要文化的景観にすることを目標に、2017年度より水仙畑を有する福井市、越前町、南越前町と協力して保存事業を進めている。

 越前海岸は兵庫県の淡路島、千葉県の南房総と並んで、日本水仙の三大群生地の一つとして知られ、水仙は福井県の県花。「越前水仙」は、関西を中心に全国に出荷されていて、寒風に耐えながら育った水仙は、芯が強く、花はよく引き締まって長持ちし、香りも豊かと高評価を得ており、特にお正月を彩る花として人気を博してきた。また越前水仙は、越前海岸特有の急峻(きゅうしゅん)な斜面地を中心に栽培されており、冬の日本海を背景に凛(りん)として咲く姿は、日本でもここにしかない独特な文化的景観である。

 しかし、福井県の県花と言っても、私たちが水仙のことを知る機会はほとんど無いのが現状だ。重要文化的景観の選定を機に、水仙そのものや水仙畑が広がる地域の魅力を多くの人に知ってもらいたい。それが、調査を通じてすっかり越前海岸の水仙畑に魅了された私が、今一番願っていること、そして活動していきたいことである。

⇒エッセー「時の風」一覧

 ■ふじかわ・あきひろ 1978年福井県越前町(旧朝日町)生まれ。早大第一文学部卒。2003年福井市役所に学芸員として採用され、市立郷土歴史博物館で主に考古学・仏教美術の展示や教育普及活動を担当。17年から文化財保護課に勤務。泰澄大師開基を伝える朝日観音福通寺住職(真言宗僧侶)。