掲載された本の写真に思わず見入ってしまった。古びたページの随所に付箋が挟まれ、天地左右の余白は赤や青の文字や記号が躍り、本文には傍線、矢印、マーカーが派手に引かれている。「本と交わる」と言えばいいのか。いや「本と格闘する」か。

 「マルジナリア」とは本の余白への書き込みを意味する。著名人や無名の読者による古今東西のマルジナリアを紹介し、書物と読み手の熱い関係を読み解いていく。

 石井桃子は自分が翻訳した児童書が増刷されるたびに訳を推敲して書き換えた。34年間に22回の増刷を経ても、なお満足せずに筆を入れた。モンテーニュは自著『エセー』の余白を加筆・訂正で埋め尽くし、版を重ねるごとに増補改訂が加わった。

 マルジナリアはいわば読書中の思考の痕跡だ。著者との対話記録であり、第三者が読めば書き込んだ者の頭の中をのぞくことになる。夏目漱石は蔵書の各所に「変なり」「馬鹿を云へ」「ツマラヌ」といったツッコミを記し、和辻哲郎は他人の翻訳書を添削して自分の訳を書き添えた。

 言葉遊びや造語をちりばめたジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』への書き込みは、作者が仕掛けた謎と遊びに対する読者の注釈だ。一冊の本を舞台に複数の読み手が「この本は役立たずだ」「だよね」「(適切に使われない場合にはね)」と書き込みバトルを繰り広げることもある。バッハが楽譜に書き入れた速度標語、紙のへこみで記した“見えない”筆記、勝手に作る索引……躍動的でドラマチックな世界が次々紹介される。

 書き込みによって複製物の本が自分専用にカスタマイズされて世界で唯一の本になる。改造された本は原本とは異なる事件を引き起こす。17世紀の数学者フェルマーが余白に書き留めた思わせぶりな言葉が「フェルマーの最終定理」として300年以上、世の数学者を悩ませたように。

 これは古くて新しい本の使い方、楽しみ方だ。マルジナリアに関して電子書籍はまだ紙の本に追いついていない。

(本の雑誌社 2000円+税)=片岡義博

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