★このコラムを書くにあたって、南の島々の訪島に関する手紙や資料の一部のファイルが偶然に手元に置いてありました。そのファイルにざっとではありますが目を通してみると石上先生からいただいたたくさんのお手紙もファイルしてありました。南の島には娘たちも同行して、先生もご一緒してくださっている時もありますので、娘に宛ててくださったお手紙もファイルされていました。

おたよりありがとうございました

テニアンは海と星と太陽の島で、私の最も愛する自然あふれる島です。

自然も人情も豊かで、この島へ来ると都会生活で忘れているほんとうの人間の生き方に気づかされます。

えい子さんがテニアンを気にいってくださったので、とても嬉しく思っています。

こんな素晴らしい島で、戦争があったなどとは、うそのように思われるでしょう。

四十七年前、おじいさん、おばあさんの時代は、あの美しい島で兵隊でない普通の日本人が三、五〇〇人,陸軍と海軍の兵隊が約一万人、爆撃や、艦砲射撃や火焔放射器で命を失ったのです。

そうした悲惨な事実を次の世代の人たちに知ってもらいたくて私は本を書きつづけています。『テニアンの少女』にでてくる利子は、ちょうどえい子さんぐらいの年齢の少女です。この少女は運よく助かってこの体験を話してくださったので、この本ができました。

戦争は人と人との殺しあいですから、醜(みにく)くてむごく目をそむけたくなるものです。しかし、目をそむけずにその事実をしっかりと見ることによって、平和の尊さがわかってくると思っています。

『テニアンの少女』と『海と星と太陽と』暇を見て読んでいただければ幸いです。朗子お姉さんは中学の頃(小学4、5年生でした)テニアンにご案内しましたが、すっかり大人になり美人になったので驚いています。軍艦島の大砲によじ登ったのを今も覚えています。よろしくお伝えください。揚子さんにもよろしく。
いよいよ連休です。お元気で。

五月二日
加藤えい子様
石上正夫


などなど中には聞き耳を立ててお聞きしてはいけないと思う思いから、あえてお聞きできなかったお話もたくさんありました。そうした語られたお話を、記憶が鮮明でなくなりつつある今、今はまだ何も処分していないたくさんのお手紙や写真や資料を手掛かりに記憶をたどりながら、紡ぎ直しておかなければならないと思うようになってきているのです。

旅での出来事については、拙著『故郷への思いから』を新たに読み直してみるとテニアン、ポナペの南の島々への旅やそこでの出来事については、十分すぎるぐらいに書いてあるように思います。

ただ、その旅でお聞きしたり、語って下さった悲惨な戦争下でのことについてはあまり詳細には書いてはいないのです。当時その内容を書くには、あまりにもむごい話にその内容を当時の私には文章化できなかったのかもしれません。

こうしたことに関心をお持ちの方は、石上先生の著書や、拙著は幸い出版にあたって下さった方が、福井市の図書館の郷土のコーナーに入れて置いてくださっているようですから、お読みいただけたら幸いです。

『玉砕島テニアン』石上正夫 著 徳間書店
『日本人よ忘れることなかれ』石上正夫 著 大月書店 など
拙著 『ふるさとへの思いから 越前水仙に導かれて』ウインズ出版