◆異常な暑さだった今年の夏

ようやく涼しくなってまいりました。が、九月の半ば近くまでは暑い! それしか言葉が出てきませんでした。9月の半ば近くまでのその暑さで、吸う息にさえも熱がこもっていて呼吸がしづらかった日々もあり、まさに異常としか思えない暑さの続く毎日でした。そうした暑さのなかにおいても、夏草の生長の速さとその勢いには驚きで目を見張ります。

草を取ってそれほどまだ間がないように思えても、その草丈を伸ばしに伸ばして畑一面草野原と化しています。そんな生い茂る畑の草を横目にしながら、一方において秋冬野菜の畑の準備へのあせる思いにもかられます。しかし、このあまりの暑さに打ち勝って畑に出る気力や体力もなく、なかなか畑に出ることができない日々でもありました。

しかし、これだけ天気が続くと、その地表は砂埃が立ち、すっかり固くなってしまっていて、草を取ろうにも鎌が畑に刺さらず草さえとることができない状態です。畑を耕すにも、もちろん畑が硬くなり過ぎて、スコップや、くわも容易には土に刺さらない状態です。ここまで畑が固くなるのも初めてのように思われました。

こうなれば、何度かの雨を待って畑の土が緩むのを待ってからの仕事開始です。

長らく待ちわびた待望の雨が降ってようやく畑に出ることができたのは既に9月の半ば近くになってしまっていました。それでも日中の日差しの暑さにはまだまだ体力がついていけません。夕方近く暑さがおさまる時刻を見計らってからの仕事開始です。

まずは、秋冬野菜を蒔いたり、植えたりするための畝を作るための場所の確保です。既に採れなくなってしまっているきゅうりなどの夏野菜を片付けたり、畑一面にはびこる草取りからの開始です。すっかり伸び切っている草を取るのは大きくなっている分傍目ほどにはそれほど大変ではなく、草ですっかり覆われていた畑の地表が見る見るうちに顔を出してきます。

あいにく今年は耕運機で畑を起こしてくれる人はおりません。唯一耕運機を動かしてくれる高校生の孫も、するとは言うのですが夜遅くになってしか帰って来ないので全くあてになりません。
こうなれば、自分で畑を起こして耕すしかないのです。必要な一畝分をスコップで起こして、鍬で耕して畝を作り、その畝に20~30センチぐらいの溝を掘り、その溝に十分に発酵させた生ごみの元肥や油粕などをすき込んで畝を完成させて、表土にボカシや貝化石をまいてならして種を蒔く。それが終われば、続いて次の二列目の畝づくり。と、繰り返すなかで、ようやく13日大根の種を蒔くことができました。16日にはようやく白菜も植えることができ、秋冬野菜の準備の見通しもつき、やっとほっとついたのです。蕪や葉物などを、天気と気力と体力に応じながら順次できる範囲で出来ることを無理をしないでやっていこうと思っているのです。

今年の8月上旬から、9月中旬近くまで雨の無い、異常な暑さが続くなかで、野菜が不足だったそうですが、畑に驚くばかりの勢いではびこった草のおかげだろうと思うのですが、トマト、ナス、葉物類などの夏野菜の収穫が次々とあり、ありがたいことには食べるのに追われる毎日でした。トマトなどは大玉、中玉、ミニトマトそれぞれがよく採れて、冷蔵庫での保管にも限界がありましたので、たくさんのトマトの皮を湯むきにして、湯むきにしたトマトの上に豆味噌と自家製の合わせ味噌をのせ、そのまま弱火でトマトと味噌が自然に融け合うまで煮込み、玉ねぎのみじん切りを加え、和風デミグラスソース風の味噌を作りました。これは保存がきくので、みそ汁の味噌として、あるいはそのまま具なしの味噌汁として、食べる人の好みに合わせてケチャップなどを加えてハンバーグなどのソースとして等いろいろと応用がきいてとても便利に使っています。

畑の前の公園では、休日といってもこのコロナ感染の影響であまりどこへでも出かけられない状況ですので、近くに住まれる保育園の保護者のご家族の方や、かつて親子教室に来られていた保護者だった人たちがお父さんを交えて家族ぐるみでお子さんと遊ぶ姿がよく見受けられるようになりました。そうした方々と時には畑に植えられてある野菜についても話題となり、その育て方について聞かれたり、それぞれの野菜のその調理方法についてまで話題が及び、そうしたお母さんたちとの会話はとても楽しい一時でもありました。採っても、採っても次々と脇芽が出てきて我が家だけでは食べきれないモロヘイヤや、オクラ、青しそなどの野菜を、お子さんやおうちの方に、自分たちで採って持って帰っていただいたりもしたのです。しし唐や満願寺唐辛子などひょっとして辛いのに当たってしまうかもしれませんよと言うと、お父さんはむしろ辛いのが好みだからと喜んで採っていかれるのです。子どもたちも自分で直接畑で採って、お家で料理してもらって食べると、食べない野菜も食べるようになり、畑に植えてあるものにも少し関心が深まるようでした。

時には、折よく畑の近くに住まれる息子さんの家に来られたおばあちゃんにもお会いできるのです。殿下町に住んでおられて、いつも瑞々しい谷ぶきや、葉わさびや、椎茸を持って来て下さるのです。お変わりなくお元気なご様子で声をかけてくださるのです。自然の中で暮らされ、昔の人によく見られたいつも相手の立場に立って話されたり、なされたりすることが自然に身についていてその人の人柄となっている、そのような人柄からかけられる言葉に、ここでも畑を横にしながら野菜談議に話が弾んでしまうのです。畑に繁茂している青しその使い方も教えていただきました。青しそを細かく切って、ペースト状にした梅干しと混ぜ合わせておくと、暖かいご飯やそうめんなどに載せても青しその香りがほのかに香りおいしいとのことでした。あまりにたくさん生えている青しその何か良い使い道がないかと日頃思っていたところでしたので早速私も作ってみようと思います。

普通お刺身には大葉(青しそ)が添えられているのをヒントに、青しそで刺身を巻いてわさび醤油で食べてみると意外においしのです。さらに一歩進めて、青しその先の柔らかい葉だけを摘んできて多めに細くきざんで、刺身につまとしてついている、海藻や、細切り人参を加え、わさび醤油を絡めてお刺身をカルパッチョ風にいただくと、日頃生魚に対して少し不安感を抱く私も安心して美味しくいただくことができることを発見したのです。

◆そのブラウス、もういい加減に買い換えたら…

先日着ている私のブラウスを見て、突然娘に言われました。「そのブラウスもう何年着ているの。いい加減に買い換えたら…」と。言われてようやく気が付きました。家で着やすいこともありつい何かと袖を通して着ていたのです。言われて改めて見直してみると、色もかなり褪せてきていて、襟は少し擦り切れてきているのです。そうなんです。そのブラウスは、確か平成6年、初めてポナペの島に行くときに買ったものだと思います。

ポナペ島は、パプアニューギニアの少し上にあって南太平洋のミクロネシア連邦の中の一つの小さな島です。第二次世界大戦が始まる少し前の世の雲行きが少しおかしくなってきていて渡南には親戚一同の反対がある中、昭和16年だったと思いますが両親が渡南したと聞いております島です。

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