古畑任三郎の少年時代みたいな主人公「水谷くん」の物語だ。彼は身の回りで起きるあらゆるトラブルや困難を、持ち前の推理力と論理性でもってみるみる解決。運動会の騎馬戦の必勝法から、ネズミが牛耳る夢の国で迷子になった4歳の子供の行方まで、実に鮮やかに立証してみせ、みんなから「神さま」と呼ばれている。そんな彼とその友人たちが過ごす季節たちの物語だ。

 語り手は、彼といつも一緒にいる「僕」である。「僕」は水谷くんにめっぽう惚れ込んでいる。いつも冷静沈着なところ。複雑に見える物事の、本質を一瞬でつかんでしまうところ。それを相手に伝えるときの、説得力が半端ないところ。スクールカーストとは一歩距離を置き、誰ともつるまず、けれど孤立もしていないところ。気づけば読み手も、すっかり「水谷くん」の虜である。

 そんな水谷くんと「僕」の日々が、「川上さん」という少女のそれと交差する。クラスで一番絵が上手く、でも何らかの影が彼女を覆っている。パチンコ狂いの父親を案じ、お店から「出禁」を食らってしまえば悪癖も収まるだろうと、3人はとある作戦を練る。その時間の穏やかさと多幸感。けれど川上さんには、そういう幸福な時間に身を浸せない事情があるのだった−−。

 私も一応、子供たちには、思いっきり子供時代を謳歌してほしいと願う大人の一員ではある。子供がいないながらも、その願いは確かに、胸の奥にある。けれど、そういう子供の幸福を、阻害するのもまた、大人なのである。水谷くんは実にドライに、そのことを受容している。だから彼は、子供の手でどうにかできる手立てを、考え抜くことをあきらめない。どんなに最悪の事態でも、それをなんとか好転させることを、彼はやはりあきらめない。だから「僕」は思う。水谷くんが間違った判断をするはずがない。彼が選び取る選択肢は、すべて正しいのだと。

 エピローグ、水谷くんの口から語られる「正しさ」論にハッとする。ありとあらゆる相談事を、軽やかに引き受ける彼の本当の気持ち。シャーロック・ホームズから名探偵コナンまで、彼らがずば抜けているのは果たして「推理力」だけなのか。「人間力」もじゃないのか。「名推理」と「人間愛」の相関関係について、考えたくなる一冊である。

(KADOKAWA 1600円+税)=小川志津子

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