ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんは、科学者の軍事研究への加担に反対し続ける。原点は幼少期の空襲体験。屋根を突き破った焼夷(しょうい)弾が目の前に。不発弾で助かったが、火の海となった名古屋の町を両親と逃げ回った。現在、防衛省や米軍に協力すれば潤沢な研究費が得られる。益川さんは軍学共同の再来を憂い、「我々科学者が戦争がどういうものか、注意を喚起していく必要がある」と訴える。
(2017年京都新聞掲載、当時77歳)

× × ×

 今年、終戦から75年を迎えます。戦争の時代を生きた人たちの証言を聞く機会が減りつつある今、これまでの取材や投稿の中から貴重な「言葉」を紹介し、戦争の悲惨さ、平和と命の尊さを見つめ直します。全国の地方紙とも連携します。

「戦後75年 言葉を刻む」記事一覧>>

関連記事