面白くてためになる本は時々あるが、とても面白くてとてもためになる本は滅多にない。本書はその数少ない一冊。とんでもなく面白いノンフィクションだ。

 2015年、テキサス州の田舎で車を運転中の黒人女性が路線変更時に方向指示器を出さなかったという理由だけで警官に逮捕され、3日後、拘置所で自殺した。悪徳警官による人種差別の悲劇――全米は騒然とする。しかし、そもそも事件はなぜ起こったのか。もし2人が知り合いだったら悲劇は起こっただろうか。著者の探究が始まる。

 テーマは「なぜ人は見ず知らずの他人を誤解してしまうのか」。

 大戦前にヒトラーの意図を読み違えた英国首相、米国の諜報部で同僚を欺いて活動を続けたキューバの女スパイ、少年への性的暴行が長年見過ごされたフットボールコーチ、泥酔した女性を酩酊状態で暴行した大学生、拷問によって数々のテロ計画を自白したテロリスト。一つ一つの事例を心理学や生理学などの理論を援用して検証し、他者理解を阻む要因を挙げていく。

 まず私たちは相手の言うことを信じるようにできているという。次に私たちは表情や言動から他人の感情や考えを読み取れると思い込んでいる。三つ目に私たちは相手の行動が限られた状況や条件に結びついていることに目を向けない。

 数々の知見を得て再検討したとき、冒頭の悲劇は全く異なる様相をもって浮かび上がる。そして一つの教訓を得る。私たちは見知らぬ他人を簡単に理解できると思ってはいけない――。

 緻密な構成、絶妙のストーリーテリング、リーダブルな文章によって全体はミステリー仕立てのエンタテインメントに仕上がっている。それが詳細な脚注と原注にも及んでいるから恐れ入る。

 隣人との小競り合いから国家間の反目まで、他者とのコミュニケーション阻害は異文化の衝突と排外主義が広がる現代社会にはとりわけ切実なテーマだ。見知らぬ他人は適度に信じて、適度に疑え。本書からそんなメッセージを受け取った。

(光文社 1800円+税)=片岡義博

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