【越山若水】「山川草木」(白山書房)という本がある。大野市出身の詩人、正津勉さんと写真家、三宅修さんの共同作で、心に残る文学作品を紹介しながら四季折々の優美な自然を描いている▼「おれはもう十三年地べたの中で暮(くら)してゐる。/おれの友達は/みみずと/もぐらと/木の根つ子。//地べたの中は真黒だ。/真黒ではあるが/おれ達は互(たがい)に慰めあひ助けあつて暮して来た。//美しい隠忍!」。小説家で詩人、木山捷平による「蝉(せみ)の詩」の一節だ▼木山はか弱きもの、恵まれることの少ないものを慈しんだ人。長く我慢の年月を強いられても、それを乗り越えるセミの生命力に共感する。詩文はこう締めくくられる。「おれ達は不幸ではない。/待つてろ!/おれ達はもうすぐお日様ををがみに出る。//必ず!」▼さて、今年の夏はセミにとって困惑しきりだろう。何しろ梅雨前線が列島に居座り、梅雨入り後、気温35度以上の猛暑日は県内でゼロ。福井地方気象台の生物季節観測表でも、セミ類の初鳴きは7月10日のアブラゼミだけで、ミンミンゼミもヒグラシも未確認という▼きょうから8月。天気予報を見ると、陰々滅々とした長梅雨もようやく明けそうな気配。思えば、年明けに新型コロナ感染症が発生して既に半年、まさに“隠忍の日々”を過ごしてきた。ここは「蝉の詩」よろしく、夏の太陽を拝みたい気分である。

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