14歳の時、女子挺身隊(ていしんたい)へ入隊を命じられたが、父、西川朋之さんが「女の子をやるのはむごい」と県庁に直訴したという。直後に朋之さんが召集され、1942年8月にニューギニアで米軍の銃撃を頭に受けて戦死した。享年36。「私を守ったばっかりに、父は戦地に行かされた」と悔やんだ。戦後は祖母、母、2人の弟と力を合わせて生きてきた。東京の全国戦没者追悼式に出席し、「父がいてくれたら…と何度思ったことか。でも、苦労したき強くなった」と語った。(2007年高知新聞掲載、当時79歳)

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 今年、終戦から75年を迎えます。戦争の時代を生きた人たちの証言を聞く機会が減りつつある今、これまでの取材や投稿の中から貴重な「言葉」を紹介し、戦争の悲惨さ、平和と命の尊さを見つめ直します。全国の地方紙とも連携します。

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