1944年冬、山口県にあった旧日本海軍の訓練基地に配属されて間もなく、不気味な黒い鉄の塊を目にした。長さ10メートル超の魚雷を改造した1人乗りの潜水艇「回天」。先端部に爆薬を搭載し、搭乗員自らが操縦して米軍の巡洋艦や駆逐艦に体当たりする兵器だ。死を覚悟して厳しい訓練に日々臨んでいたが、視力が急激に低下したため、広島県の呉海軍航空隊施設部に配転され、出撃の機会はなかった。「棺おけ」という言葉通り、多くの若者が回天と共に海に沈んだ。(2015年徳島新聞掲載、当時86歳)

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 今年、終戦から75年を迎えます。戦争の時代を生きた人たちの証言を聞く機会が減りつつある今、これまでの取材や投稿の中から貴重な「言葉」を紹介し、戦争の悲惨さ、平和と命の尊さを見つめ直します。全国の地方紙とも連携します。

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